第4話 菖蒲の館を臨む道筋(2)

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第4話 菖蒲の館を臨む道筋(2)

「〈(ムスカ)〉の潜伏先は見つかったものの、場所が王族(フェイラ)所轄の庭園で、近衛隊の警備が固くて侵入できない。――これが現在、私たちの抱えている問題でした」  執務室に通されたハオリュウは、待ちかねていた一同への挨拶を済ませると、早々に口火を切った。 「ですが今回、私はその王族(フェイラ)、すなわち摂政殿下ご本人から、(くだん)の庭園にお招きいただきました。――つまり、私と一緒であれば、堂々と侵入できます」  落ち着き払ったハオリュウの声が、執務室に響き渡る。  部屋の空気が、緊張を帯びた。  リュイセンが腰を浮かせる。  今まで暗礁に乗り上げていた船が、ふとした瞬間にあっけなく解放された。リュイセンには、そう感じられた。 「じゃあ、ハオリュウの護衛に紛れて行けば、あの庭園に入れるってわけか!」  声を上ずらせながら、誰よりも先に叫ぶ。  この半月ほど、リュイセンはずっと焦燥を溜め込み続けてきた。嬉々として身を乗り出し、早速、同行を申し出る。  しかし、彼の父であるエルファンが、すかさず冷たい声を浴びせてきた。 「確かに、護衛に化ければ、門は通過できるだろう。だが、それだけだ」  失笑混じりの物言いに、リュイセンは(まなじり)を上げる。 「父上、『それだけ』とはなんですか!? 俺たちは門を守る近衛隊には手を出せませんが、中にいるのは〈(ムスカ)〉の私兵たちだけです。彼らを制圧し、〈(ムスカ)〉を捕らえることくらいわけな……」 「ハオリュウの立場を考えろ」  言葉の途中で、鋭い叱責が飛んだ。 「連れてきた護衛の行動は、ハオリュウの責任になる。摂政の目の前で暴れるなど、もってのほか。途中で姿を消して秘密裏に動いたところで、護衛の人数が減っていれば問題になるだろう」 「!」 「摂政からの招待はチャンスだが、下手をすればハオリュウを危険に晒す。そのことをまず、肝に銘じろ」  厳しい声に、リュイセンの高揚した気分は、一瞬にして打ち砕かれた。 「そりゃ、そうだよな。安易にすまん、ハオリュウ……」  乾いた声で律儀に謝りながら、リュイセンはうなだれる。  ルイフォンは、そんなやり取りを横目に見ながら、じっと父イーレオを観察していた。  一族の総帥は、相変わらず自分だけ、ひとり掛けのソファーで優雅に足を組んでいた。肘掛けで頬杖を付き、眼鏡の奥の瞳は軽く閉じている。  気配から起きているのは分かるが、どう見ても居眠りをしているようにしか見えない。超然とした態度で、傍観を決め込むらしい。エルファンに任せているのだと、なんとなく察せられた。  実は、ハオリュウから連絡があったとき、イーレオは苦い顔をした。  せっかくの好機にどういうことだと、ルイフォンはずっと気になっていた。わずかながら、不信感も(いだ)いた。何しろイーレオは、これまでいろいろと隠しごとをしてきたのだから。  しかし、いざハオリュウを目の前にした様子を見ると、分かる。  イーレオは、純粋にハオリュウを心配している。  理由はおそらく、不穏な動きをする摂政への警戒。  摂政に関しては、ルイフォンだって激しく警鐘を鳴らしている。如何(いか)にも災いの火種になりそうだ、と。  だが、守ってばかりでは進めない。ここは攻めるべきなのだ――。  そんなふうに思考を巡らせていると、ハオリュウの声が耳に飛び込んできた。 「まぁ、リュイセンさん。落ち着いてください」  気を悪くしたふうもなく、ハオリュウは穏やかに微笑んでいた。  リュイセンの気がはやるのはミンウェイのため。ハオリュウも、それを知っているのだ。 「エルファンさんのおっしゃる通り、単純に私と共に侵入するのでは、自由に行動できません。当然、策を講じる必要があります。――それと、そもそも護衛は同行できません」 「え?」  声を上げたのはリュイセンであったが、メイシアとハオリュウの姉弟以外には疑問だった。皆の視線が、いっせいに問う。 「護衛は、いわば武装です。摂政殿下の私邸に招かれた場合、護衛は門のところで待たせるのが臣下としての礼儀となります」 「……貴族(シャトーア)ってやつは、面倒臭(めんどくせ)ぇな」  癖のある前髪を掻き上げ、ルイフォンはぼそりと漏らす。そのあまりに率直な感想に、ハオリュウは苦笑した。 「ええ。ですから、姉様には自由であってほしくて、あなたに託したんですよ?」  裏のありそうな――否、紛うことなく『姉様を不幸にしたら許さない』との念を込めた眼差しで、ルイフォンを見やる。  思わぬ方向に返してきたなと思いつつ、ルイフォンは、にやりと余裕の笑みを浮かべた。 「ああ。安心して任せろ」  そう言いながら、隣に座るメイシアを抱き寄せようとして、ルイフォンは動きを止めた。玄関で見た、ハオリュウの眼光を思い出したのだ。  ここで無駄にハオリュウを刺激しても仕方ないだろう。  中途半端な位置で止めた手を持て余し、さてどうしようか、と悩んだところで、なんと、その手をメイシアが握ってきた。指先のほうを遠慮がちに、ではあるが、しっかりと。  そして彼女は、じっと異母弟を見る。 「……!」  ハオリュウが目に見えてうろたえ、視線をそらした。  ルイフォンもまた、絶句する。  ――なんか、すまん……。  ハオリュウが可哀想になった。しかも、話が完全に脱線している。  場を取り繕うべく、ルイフォンはこほんと咳払いをして、そっと膝に手を戻した。
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