第1話 暗礁の日々(4)

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第1話 暗礁の日々(4)

(ムスカ)〉は何故、メイシアを捕らえようとしているのだろうか――?  タオロンとの接触のあと、そのことがずっと、頭から離れなかった。  ルイフォンは癖のある前髪を乱暴に掻き上げ、深い溜め息をつく。  メイシアは、以前にも〈(ムスカ)〉とタオロンに狙われている。イーレオに『貴族(シャトーア)令嬢誘拐』の濡れ衣を着せるために、彼女の身柄が必要だったからだ。  彼女の扱いは、あくまでも『イーレオを逮捕するための駒』であり、生死は問わないとされていた。  貧民街で対峙した際、メイシアは駆け引きの中で、派手に〈(ムスカ)〉を挑発した。そして、生意気な小娘だと激怒した〈(ムスカ)〉は、本気の殺意を見せた。  あのときの〈(ムスカ)〉にとって、メイシアは死んでも構わない存在だった。  それが今度は、生きたまま捕らえようとしている……。 「状況が、変わったんだ……」  今の〈(ムスカ)〉は、メイシアに価値を見出している。  何かを、知ったのだ。  ――いったい、何を? 「…………」  ルイフォンは、じっと虚空を見据えた。  記憶にないけれど、異父姉セレイエはルイフォンに会いに来た。そのとき、彼女はこう言ったらしい。 『遠くない将来に、ルイフォンはひとりの女の子と出逢うわ。その子は、私に選ばれてしまった可哀相な子』  その言葉によって、ふたりが出逢った事件の『目的』と『手段』がくるりと入れ替わった。 『イーレオを陥れるため』に、メイシアが鷹刀一族の屋敷に誘い込まれて、ルイフォンと出逢った――のではない。 『ふたりが巡り逢うため』に、メイシアが鷹刀一族の屋敷へと導かれるような事件が企てられたのだ。  ――そう。  このことは、もっとずっと前に、セレイエの〈影〉と思しき〈天使〉、ホンシュアが告白していた。 『あの子……メイシア。私の選んだあの子を、ルイフォンは……どう思った?』 『ごめんね……。私が仕組んだの』  はっきりと、そう言っていた。  なのに今まで、考えても仕方ないと放置していた。深い謎に包まれているから、分かるわけないと。勝手に思い込んで、重く受け止めていなかった。  この出逢いは偶然ではないと、教えられていた。  必然だと、知っていた。  出逢えたことに浮かれるばかりで、ホンシュアの言葉が警告であることに――。 「俺は馬鹿だ。なんで、気づかなかったんだよ……」  女王の婚約を開始条件(トリガー)に、すべては動き出す。その計画(プログラム)に、メイシアは深く組み込まれている。  メイシアは、『デヴァイン・シンフォニア計画(プログラム)』の核――。  計画(プログラム)に関わる者は、彼女の身を渇望する。  (おのれ)の欲のための『駒』として……。 「いったい、メイシアに何が隠されているっていうんだ……」 〈(ムスカ)〉は、その『何か』を知ったのだ。だから、彼女を捕らえようとしている。  そうとしか考えられない  だから、なんとしてでも〈(ムスカ)〉を捕らえ、情報を吐かさなければならない。  これ以上、彼女を危険に晒さないために……。  …………。  ……。 「……」 「…………」  温かな気配に、ルイフォンは、はっと目を開けた。 「え? あれ? 俺……」  見上げた先に、今にも泣き出しそうなメイシアの顔があった。仕事中なのか、メイド服を着たままである。  彼女の後ろには、見慣れた天井。――ルイフォンは、自室のベッドに寝かされていることを理解した。 「ルイフォン、仕事部屋で倒れていたの」  メイシアの白い頬を、つうっと涙が伝う。跳ねるような息遣いと共に、彼女は慌てて目頭を押さえた。 「ご、ごめんなさい。気が抜けたら、つい……」 「メイシア……」  ルイフォンは手を伸ばし、彼女の黒絹の髪をくしゃりと撫でた。指先を抜ける、細く滑らかな感触。(いと)おしさがこみ上げ、そのまま肩に手を回して、ぐっと彼女を引き寄せる。
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