1.武闘大会①

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1.武闘大会①

 闇の中、屹立した欲望が女の(つぼみ)に触れた。26歳のしなやかな裸体は弓とごとくしなり、たわわな乳房の先端で肉色の乳首が虚空(こくう)を舞う。  ドームの向こうに浮かぶ赤い大地の地球に照らされ、女は白い片膝を立てた。 「きて――」  硬く屹立(きつりつ)する欲望が溢れんばかりの泉をかきまぜる。 「いじわる……早くきて」  ついにその先端が泉に分け入り、待ち構えた女が男をわしづかみしようとした。  ところが――。  次の瞬間、闇が消され、女の裸体が眩しい光にさらされた。 (なに?)  ベッドの女は体を起こし、慌ててヘッドアップディスプレイをはずした。 「アリス、緊急連絡だ」  どこからとなく男の声が響く。 「えっ? 寸止め? 反則じやーん!」 「カワタ少尉が怪我をした。メドゥーサ・フェスティバルの武闘大会、アリスに代役の命令だ」  バーチャル・セックスを中断されたサクラダ・アリスは、ふくれっ面だ。 「だからって、途中で止めることないじゃん!」 「だっておまえ、入れたら止められなくなるだろ」 「バリッチの意地悪!」 「終わったら思い切り可愛がってやるから、とりあえず行ってこい」 「アレ、してくれる?」 「触手プレイか?」 「うん」 「わかった。約束する」  アリスはそそくさとボディ・スーツを着始めた。 (ったく、駐在武官の相手で苦労してるローカルAIなんて、聞いたことねえぞ)  ここ、ユウバリ・ドームは、旧日本国の再興を目指すヤマト連合が月面に建設した鉱山ドームで、バリッチは運営管理を司るローカルAIだ。 「ねえ、バリッチ。武闘大会、何時から始まるんだっけ?」 「ファースト・ステージは午後一時開始だ」 「やば、あと一時間しかないじゃん!」 「だから急げ」  地球規模の地殻変動と気象の凶暴化は旧体制の国家を疲弊させ、ついに国境は崩壊した。下層民は暴徒化し、世界各地で城壁やドームに守られた都市国家を建設され、富裕層と政治家はその中へ逃げ込んだ。  核融合エンジンの燃料にするヘリウム3や希少鉱物を求め、有力都市国家は月面への進出に力をそそいだ。  月面都市は、最初、太陽系外移住を目指すブラッド・フォレスト社が開発したカグヤ・シティを中心に発展し、十七の鉱山がトランス・チューブと呼ばれる磁気鉄道で結ばれた。その形がギリシャ神話に登場するメドゥーサの蛇の髪を連想させるとして、その一帯はメドゥーサ・クレーターと呼ばれるようになった。  メドゥーサ・フェスティバルは四年に一度カグヤ・シティで開催されるお祭りで、そのハイライトが武闘大会だ。メドゥーサ・クレーターにある十七の鉱山ドームからひとりずつ選出されたヒューマノイド・チームと、カグヤ・シティの警備ロボットチームが、ドームに隣接する特設スタジアムで模擬弾を使って闘う。  ヒューマノイドもロボットも、三発被弾すると「死亡」と見做される。ヒューマノイドの中で最後まで残ったひとりが、十五分間、金網で囲まれたリングの中で、警備ロボットと一対一の勝負をする。  こうなると人間に勝ち目はないのだが、もし、十五分間で決着がつかなければ、ヒューマノイドの勝ちと見なす。過去五回メドゥーサ・クレーター警備ロボットチームが圧勝し、最後まで残ったヒューマノイドで十五分間逃げきった者はひとりもいない。それでも、一攫千金を狙う連中はヒューマノイドに金を賭ける。 「なあ、アリス――」 「ん?」 「せっかくボディ・スーツを着たところ恐縮だが――」 「なに?」 「股間が濡れてる」 「もう、バリッチの馬鹿!」  ぎゅっと股を閉めたら、さらに蜜が溢れた。  サクラダ・アリスは、ヤマト連合に連なるイワクニで海軍士官の娘として生まれた。地元の海軍大学を首席で卒業した彼女は、ヤマト連合が誇る機動潜水艦隊に配属されたが、その大胆な行動力と緻密な分析力を買われ、一年後には同じイワクニ基地内にある統合軍作戦部に異動した。そこでも次々と優れた作戦計画を立案するなど頭角を現し、二年後、二十五歳でエリート集団といわれる外務局へ武官として転出し、工作員としての訓練を受けた。  マトバ外務局長の配下となってからは、彼の経歴をなぞるように、AAC、すなわち、ニューヨークのリバティ・アイランドを拠点とするアメリカ・アライアンス・チェーンや、北京城国の公館勤務を経験し、その仕上げとして一年前から月面鉱山都市のユウバリ・ドームに駐在している。 (すっげえ優秀だってこたあ、オレも認識している。けど、この肉食ぶりはどうにかならんのかね?)  豊満なボディは闇夜の街灯のごとく男たちを呼び寄せる。それにいちいち応えてしまう奔放な性格は、AIのバリッチにはいかんともしがたい。 (いつか、男で失敗するんじゃねえかって、それだけが心配だよ) 「どう? 今度は沁みてないよね?」  着替えたアリスが天井のカメラに向かってポーズを取る。 (すらりとした体と手脚、豊かなバスト、大きすぎないヒップ――。ボディ・スーツが魅せる肢体は、確かにむしゃぶりつきたくなるほどイイ女だ) 「ああ、大丈夫だ。さ、早く行け!」 (最新の警備ロボットは、統合AIがコントロールしているらしい。そうなると、オレ並の性欲は持っているはずだ。さすがに、構造的にセックスは無理だろうけど……)  アリスは、ユーバリドーム駅からトランス・チューブの車両に乗った。荒野に建設された透明なチューブの中を、磁気列車が疾走する。 (カワタの馬鹿、なんで怪我なんかしたんだろ……)  カワタ少尉はアリスと同じ駐在武官だ。筋骨隆々のいかにも武闘派の軍人で、ボーイフレンドの一人でもある。武闘大会に出場する壮行試合だといって、昨晩、セックスした。  十五分ほどでカグヤ・シティの駅に到着し、送迎バスで特設スタジアムへ直行する。出場選手の控室へ行くと、戦闘服を着たカワタが情けない顔で椅子に座っていた。 「どうしたのよ、怪我だって?」 「ああ……」  辛そうに右手を挙げたカワタは、恨めしそうにアリスを見た。 「昨夜、ヤリすぎたみたいだ」 「え?」 「腰を使いすぎて、ギックリ腰になった」 「あたしのせい?」 「そんなところだ。おまえが、もう少し早くイッてくれたら……」 「それ……言いがかりだよ」 「わかってる」 「まあ、イキながらヤリ続けたのは事実だけど……」 「そうなのか」 「うん。だって、気持ちよかったし、あんただって、なかなか小さくならなかったじゃん」 「おまえのアソコって、出しても出しても男を萎ませない魔力があるんだよ」 「名器ってこと?」 「間違いねえな」 「そんな、正直に言われると照れるな」 「それよりおまえ、戦闘服は?」 「急いでたから持ってきてないよ」 「そんな格好で闘ったら、破れるぞ」 「そうならないように工夫します」  チッと舌を鳴らし、カワタは模擬レーザー弾を発射する訓練用の小銃をアリスに渡した。 「もし、最後の一人に生き残ったら、これを使え」  ドライバーの先端を細く尖らせた、キリのような金属だ。 「今日のために準備した武器だ。ヤマト連合の技術で作れる最も硬い特殊合金だよ。警備ロボットの関節にこいつを差し込んで内部の回路をショートさせるんだ」  カワタは、その武器に合わせて作ったホルダーを戦闘ブーツから外し、差し出した。受け取ったアリスは、それを右脚の太股に装着する。 「こんな準備までしていたのに……ごめんね」 「やめられなかったのはお互い様だ。ホント、おまえは罪な女だよ」 「へへ、行ってくるね」  アリスはファースト・ステージの会場に入った。     *  廃墟と化した迷宮に現れた美貌の女戦士に、十六人の仲間は目を見張った。 「お嬢ちゃん、観客席はあっちだよ」  戦闘服姿の男が顎で差したのは、特設スタジアムをぐるりと囲む摺鉢状の観客席だ。ほぼ満員の盛況ぶりで、戦闘開始を待っている。 「ウチのカワタったら、昨夜、あたしとヤリ過ぎちゃって、ギックリ腰。で、責任取ってあたしが代役します」 「マジかよ……オレもヤリ過ぎたい!」  兵士たちは、オレもオレもと大騒ぎだ。 「あたしはサクラダ・アリス少尉。ヤマト連合の駐在武官。趣味は……そうね、強いて言うなら、セックスかな」  再び、兵士たちは騒然となった。 「最後まで生き残ったら、ひと晩、遊んであげる」 「ヤッタ!」 「ヨッシャ!」  観客席に設置された実況カメラが、興奮するヒューマノイドチームの様子を捉えていた。 「ヒューマノイド・チーム、盛り上がっていますね」  アナウンサーの声が会場に響き、解説者が答えた。 「そうですね、ここ数年にはないヤル気が感じられます」 「ひとつ、ルールについて確認しておきましょう。最後まで生き残ったヒューマノイドと、警備ロボットが一対一の決戦を行うことになっていますが、もし、複数のヒューマノイドが生き残った場合にはどうなるのでしょう?」 「その場合は、最後の一体となったロボットと、ヒューマノイドの代表一名が決戦を行います」 「なるほど、何があっても、最後の勝者を決定するわけですね」 「そうですね」 「ええ、ここで、主催者からの緊急連絡をお伝えします。ヒューマノイド・チームに参加予定だった、ヤマト連合国のカワタ少尉が負傷したため、交代することになりました。代役は、同じヤマト連合国のサクラダ・アリス少尉、なんと、女性です!」  カメラがアリスの姿を捉え、それが正面の大型ビジョンに映される。 「今年で十五回目となる武闘大会ですが、初めて、女性戦士が登場します!」  会場全体が地鳴りのように興奮する。 「おっと、ヒューマノイド・チームのオッズが急激に下がりました。女性が一名加わったので不利になったと判断されたのでしょうか」 「うーん、そうだとすれば、ちょっと残念ですね。私としては、むしろ、作戦面の多様性が増したのではないかと考えます」 「ほう、どういったところでしょうか?」 「例えば、男性では通れない場所を通り抜けたり、細い側溝に隠れたり、そういった点が有利になると思います」 「なるほど。体の小ささを生かすわけですね」 「はい。警備ロボットには二つの型があります。タイプ2と呼ばれる二足歩行型と、タイプ4と呼ばれる四輪駆動型です。二足歩行型はヒューマノイドと同じ訓練用の小銃を使い、四輪駆動型はヘッドの二連装機関銃を訓練用のものに換装しています」  解説を受けて、大型ビジョンにロボットの絵が映された。 「しかし、生物反応を感知するセンサーはオリジナルのもので、これが緩慢な動作を補い、これまではロボットチームが圧勝してきました。しかし、そのセンサーは戦闘服を着た戦士を発見するよう調整されている筈です。代役の女性は、一般的なボディ・スーツを着ています。これが何を意味するのか?」  観客席がざわついた。 「ロボットにしてみれば、彼女は観客席に紛れているのも同然なのです!」 「センサーでは、発見できないわけですね!」 「はい。使えるのビジュアル情報のみ。こうなると、彼女の俊敏性が圧倒的に有利です!」 「おっと、ヒューマノイド・チームのオッズがどんどん下がっていきます!」  十七名のヒューマノイド・チームが円陣を組み、通信用のヘッドセットを装着する。 「あたしは単独で背後に回る。残りは八人ずつレフトとライトに分かれて。相手の状況次第で、さらに四人一組になる。コールはレフト1,レフト2、ライト1,ライト2。いいわね?」  十六人はその場でチームを分けた。 「くどいようだけど、生き残ったら、やれるんだよな?」 十六人の目がアリスに注がれる。 「うん、約束する」 「もし、十六人生き残ったら?」 「もちろん、全員、相手にするよ」  アリスは不敵に笑った。 「ヨッシャ!」  かつてないモチベーションの中、戦闘開始のブザーが鳴った。 「あたしは背後に回る。援護して!」  荒野に飛び出す一匹の狼と化し、猛然とアリスは走った。特設会場に再現された廃墟に点在する障害物を盾に、ロボット・チームから乱射される模擬弾を巧みに避け、じりじりと距離を詰める。 「あの女、タダ者じゃねえな」 「ああ。なんだかもう、惚れちゃったよ」  ヒューマノイド・チームは左右に展開し、ロボット・チームに襲いかかる。アリスは壁際に掘られた側溝に身を隠し、匍匐前進した。一体の二足歩行型ロボットが、センサーで壁際の生物反応を探る。捜索モードをボディ・スーツに変更したとたん、観客席からノイズが降り注いでどうにもならない。センサーを停止し、ビジュアル情報に切り替えたとき、ヒトの声が聞こえた。 「こっちだよ」  振り向いたと同時に、三発の模擬弾に額を撃たれ、ロボットはその場に尻餅をついた。 「タイプ2ロボット一体が死亡です!」  アナウンサーが絶叫し、ヒューマノイド・チームから歓声がわいた。  アリスが側溝に潜んでいると理解した四輪駆動型ロボットが、側溝を跨ぎながら前進してきた。アリスはそこから飛び出し、崩れた煉瓦の塀に飛び込む。ロボットのヘッドが回転し訓練用機関砲の銃口が向けられる直前、再び側溝に飛び込み、模擬弾を連写した。 「タイプ4ロボットも一体死亡です!」  アリスは縦横無尽に駆け巡り、次々とロボットを仕留めた。 「こちらアリス、四匹殺った。そっちはどう?」  ヘッドセットから声が聞こえる 「レフト1は二匹、被害はゼロ」 「レフト2は一匹、被害ゼロ」 「ライト1は一匹、被害ゼロ」 「ライト2は二匹、被害はゼロ」 「残り七匹ね、味方は全員残っている」 「こりゃ、一対十六の凌辱プレイが待ってるぜ」 「楽しみにしてるから、あと七匹、頑張ろう」 「いや、あと六匹だ。一匹は決戦用に残して置く」 「わかった。行こう!」 「おう!」  それから三十分後、勝敗は決した。 「ヒューマノイド・チーム、開催十五回目にして、初勝利を上げました!」  特設ホールにアナウンサーの絶叫が響き、観客たちの歓声と怒声が入り交じる。いくらヒューマノイド・チームのオッズが下がったとはいえ、ロボット・チームが勝つとの予想が圧倒的に多い。シンプルにヒューマノイドの勝ちを予想した単勝のオッズは120倍、十七対一の成績を予想したビッグチャンスのオッズは1350倍というドリームゲームとなった。  終始、戦場を駆け回り、チームに戻ったアリスの姿は泥だらけで、ボディ・スーツの両袖は肩から、両脚は腿から下が失われていた。大歓声に迎えられ、アリスは十六人の仲間ひとりひとりに乳房を押しつけ、キスをした。  (つづく)
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