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2.武闘大会②
「ホントにやらせてくれるのか?」
「あたしは、約束を守る女だよ」
男たちは狂喜乱舞する。
「その前に、最終決戦に誰が行くか、決めないとな」
「十五分間、逃げ回ればいいんだろ? オレが行くよ」
「いや、ここはオレに任せてくれ」
興奮の覚めない男たちは次々と立候補する。
「過去十五回、ヒューマノイドの兵士は全員が病院送りになってるぞ」
現実を突きつけられ、男たちの気勢が削がれる。
「あたしが行くよ」
アリスが前に出る。
「おまえは、さすがに疲れているだろ」
「十五連敗には何か理由がある筈よ。いくらロボットが丈夫に作られていても、あれだけノロマなんだから、隙はある。なのに勝てない理由は、たぶん、センサーだと思う。センサーで動きを把握するだけじゃなくて、その先の動作を予測して、先手を打っているとか」
「なるほどな。実は今日、オレたちは途中から戦闘服を脱いだんだよ。とたんに、飛んでくる模擬弾の数が減った」
「行動の予測をするなら、性別だって考慮されてる筈。ここは、あたしが女を使って勝負に出る。スペシャルな武器もあるしね」
アリスは太股のホルダーから特殊合金のキリを抜いた。
「わかった。どうだ、みんな。今日、オレたちが勝てたのは、アリスのおかげだ。ここは、最後まで任せてみようじゃないか」
「もし、病院送りになったら……」
「心配しないで。そんときは、退院してからやろう!」
特設会場の「廃墟」が片付けられ、十メートル四方の金網を張った「檻」が作られた。何があっても、そこからは逃げられない。
ロボット・チームで最後まで生き残ったのは、二足歩行型の一体だった。一発の銃弾も受けた痕跡がない。
ロボットの制御には幾つかのパターンがあるという。ロボット自身に組み込まれたAIがコントロールする独立型、中央の基幹システムがコントロールする統合型、どこかに操縦者がいてコントロールする遠隔操作型――。
(ロボットのセンサーに弱点を見出したヒューマノイドの攻撃を巧みに避けたとすれば、どのタイプだろう……)
あらかじめ設定されたアルゴリズムを修正できずに次々と仲間が倒されていく中、柔軟に行動パターンを変更できたのは、遠隔操作型だからなのかもしれない。
(だとすれば、どこかに操縦者がいる。観客席のどこかに座って直接的に電波を飛ばしているか、どこか遠くでカメラの映像を見て操作し、アンテナを経由して指令を届けているか――)
アリスは金網の檻を観察したが、それらしいアンテナは見当たらない。観客席には休憩で席を外した人々が再び集まり始めている。
「ご来場のお客様、テレビ観戦をされているメドゥーサクレーターの皆様、ここで、本日午後四時から開始予定の、武闘大会最終決戦の対戦についてお知らせいたします。ファースト・ステージで見事、初勝利を挙げたヒューマノイド・チームを代表し、T2ロボットと最終決戦を闘うのは――」
特設会場がしんと静まった。
「ヤマト連合から参戦した、サクラダ・アリス少尉です!」
大歓声が沸き起こった。大型ビジョンに映ったオッズが激しく乱高下する。
「これは驚きました。なんと、武闘大会初の女性戦士が、T2ロボットと最終決戦を闘います。まさに前代未聞、空前絶後の対戦が、まもなく始まろうとしています!」
最終オッズは、T2ロボットの1.5倍、アリスの58倍となった。そして、騒然とする特設会場に試合開始のゴングが鳴った。
(あれ?)
開始直後、アリスは相手の動きに違和感を覚えた。
(早い――。ついさっき闘った二足歩行のT2ロボットより、ずっと素早く動いている。同じタイプなのだから、工学的には同じ仕様の筈だ。なのに、敏捷性の違いはどこからくるのか――)
左右にステップを取るアリスの動きを、T2はじっと睨んだ。
(こっちの動きを学習している……)
不規則に動けば動くほど、相手は次の動作のパターンをより多く学んでしまう。アリスは時計回りに動き始めた。
(背後を取れるか、やってみるか――)
時計回りのステップを一瞬だけ逆に動かし、一気にロボットの足元へ滑り込む。そのまま背後に回り、肩に飛びつき喉元を締め上げた。次の瞬間、相手は腕を背中に回し、アリスの髪をつかむや腰を丸めて金網に投げつけた。アリスは軽々と飛ばされ、逆さになって背中を金網で打った。そのまま地面に落ちると、T2は大きくジャンプし、アリスの腹を踏みつけた。咄嗟に腹筋を緊張させ、内蔵を防御する。T2は右手でアリスの顎をつかみ、そのまま頭上に掲げた。
このまま顎の骨を砕かれるのではないか、と思うほどの力で締め上げる。T2の左手がアリスのボディ・スーツをつかみ、引き裂いた。右の乳房が露出し、観客がどっとわいた。
(くそっ、調子に乗りやがって……)
アリスは吊されたままの体勢で腰を曲げ、T2の顔を股に挟んだ。ビジュアル情報は人間の目と同じ位置にあるセンサーで得ているらしい。T2の巨体が前後に揺れ、顎を持つ手が離れた。アリスは腿のホルダーからキリを抜き、T2の首にある接合部分に突き立てた。内部がショートしたのか、焦げ臭い匂いが鼻をつく。
T2はヨロヨロと後退し、金網に背中をつけると首の内部からモーター音が聞こえた。
(金網と通信しているのか? わかった。この金網自体がアンテナだ!)
T2に抱きつき股で視界を塞ぎながら、アリスは金網の一ヶ所にキリを突き立てた。何度も何度も同じ場所に突き立て、一部を破壊し、穴を開ける。そこに手を入れ、全体重をかけて金網をめくりあげた。
明らかにロボットの動きが鈍くなった。アリスは顔から離れ、地面に降りる。膝の関節にキリを突き立てるとガスが抜けるような音がして、T2は片膝をついた。その顎を思い切り蹴り上げると、大歓声が起きた。
突然、T2が何かを喋った。人のことばではない。
(壊れやがったか――)
首がぐるぐると回転し、両手を振り回す。
(暴走?)
遠隔操作の制御が遮断され、暴走を始めたらしい。こうなると、危険極まりない機械だ。そばを離れようとジャンプしかけた足首をつかまれる。
(しまった!)
T2はアリスの体を引き寄せ。めくり上げた金網に叩きつけた。露わになった右の乳房が踊り、乳首が悲鳴をあげる。
「うっ――!」
左腕に激痛が走った。金網が鋭い刃となり、左腕を切り裂いた。止めどない血が流れ落ち、瞬く間に地面が赤く染まっていく。
狂気のマシンとなったT2は狂ったようにアリスの体を金網に叩きつけた。容赦なく痛めつけられ、次第に意識が遠ざかる。
(そっちが狂ったなら、こっちも狂ってやるよ――)
遠ざかる意識を無理矢理にたぐり寄せ、アリスはキリの先端をT2の「右目」に突き立てた。それを抜くや、次は「左目」だ。ビジュアル情報を失ったT2は闇雲に暴れた。
「そろそろ、くたばりな――」
アリスはT2の背後に回り、再度、首の接合部に突き立てる。一気に奥まで差し込んでから腕を回し、そのままジャンプして地面に叩きつける。ぐちゃり、と鈍い音を残し、T2の首がへし折れた。ゴングが打ち鳴らされ、アナウンサーが絶叫する。
「ヤマト連合国代表、サクラダ・アリスの勝利であります!」
十六人の仲間とカワタ少尉が飛んできた。露出した右の乳房に視線を奪われながらも、左腕の傷口に応急手当を施す。そこへ、主催者側のスタッフと称する若い女性が現れた。
「カグヤ・シティのルーナ・ファータ長官が、夕食にご招待したいと申されています」
ルーナ・ファータは人間ではなく妖精だ――。そんな噂を思い出しながら、まだ息の荒いアリスは、取り囲む男たちの顔を見る。
「ごめんなさい。あたし、もう一ラウンドやらなきゃいけないの」
「アリス、その怪我じゃ楽しめねえだろ。オレたちの方は、また今度にして、今夜は長官のご招待を受けてこい」
「そうだよ、アリス。ルーナ・ファータ長官が本当に妖精なのかどうか、確かめるチャンスだぜ」
「今度会うときに、その話も教えてくれ」
仲間たちの言葉に押され、アリスは申し出を受けることにした。
「心配するな。こいつらとの一戦については、オレがちゃんとアレンジするよ」
カワタが請け合った。 (つづく)
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