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ティファニー
初めて牧田さん、いや航介さんのマンションを訪れた日から、こうして週末を一緒に過ごすようになって、あっという間に一年が過ぎようとしていた。
一緒に過ごしてみてわかったのだが、この人は本当は寂しがり屋で、一人で生きなくてはならないと決めてかかっていた将来に絶望していたのだ。
何もない伽藍堂な部屋に、徐々に俺が私物を置いて散らかすようになると、航介さんは嬉々として『片付けろ』と俺を小突く。そう、嬉しそうに。
だからこそ、あの日中谷さんが航介さんに投げた言葉は、この人には心の命を絶つほどに鋭く突き刺さった筈なのだ。
あの日、そう、俺が初めてここにきた日、航介さんは静かに泣いた。
キッチンでチーズを切りながら、泣いていた。
悲しいのかと聞いたら、俺がいるだけで部屋が暖かいから嬉しいのだと、照れ臭そうに彼は言った。
俺がいるからもう泣かないで欲しいと、俺は彼を抱きしめたのだった……。
「今日はどうする、航介さん」
「ああ、皿を買いたい。クリスマスセールのうちに2枚ずつ揃えておきたいな。銀座はどう? 」
「いいよ」
洗濯物を干し終え、掃除機をかけ、日曜日の朝の日差しの中でコーヒーを飲みながら、俺達は予定を決めた。
銀座一丁目の駅を降り、中央通りに出て直ぐのクラシカルな店構えのティファニー本店の前で、俺は足を止めた。
メンズのウエディングリングが、男女のウエディングリングと並んで飾られている。クリスマスだしな。
ふと、一年前にここで泣いていた航介さんの顔を思い出した。
「航介さん……」
俺がショーウインドウの前で足を止めると、航介さんも俺に並んで足を止めた。
「今ならわかるよ……あの時航介さんが、何で泣いていたか」
鏡に、航介さんの探るような表情が映る。
「中谷さんへの一方通行な恋心、じゃなかったんだよね。一人で生きていかなきゃならない先の人生を、思っていたんだよね」
ぎゅっと、航介さんが俺の手を握った。
「俺の親は他界したし、兄弟もいない。中谷のように結婚して子供ができる未来は、俺にはあり得ない。ああ、俺にはこんな風に揃いのリングを分かち合う相手など現れず、年取って一人で寂しく死んでいくんだろうな、なんて考えたらつい……ダサいよな。見られたくなかったよ、陽平には」
人一倍寂しがり屋なのに、まるで銀髪の狼のような孤高な姿を装っていた美しい人。孤高の鬼天使は、誰よりも一人が嫌い。
「買おっか、これ」
「はぁ? おまえ意味分かってるか? 」
「当たり前でしょ」
「陽平……まだ若いんだから、こんなオッサンにいつまでも付き合わなくったって……」
そんなことないよ、といって欲しい時は必ずこれを言う。だから、ちょっとイジってみたくなる。
「じゃ、新卒の可愛い女の子に鞍替えするかな」
「おい……まぁ、別に、それも仕方ないよな、おまえ、元々そっちだし」
「ほぅら始まった。そっちだのあっちだの……互いの下着洗濯して、一緒にメシ作って食って……俺はこのまま航介さんと一生、当たり前の暮らし、したいと思ってるんだけど……航介さんは違うみたいっすね」
どうだ、何か言い返せ、と思って航介さんを見たら、指輪を見つめたまま涙を流していた。
やばい……また泣かせてしまった。仕事では鬼モードの癖に、この人は俺の前では無防備に涙を見せすぎる。深い深い深い罪悪感。
「……ごめん、マジ、ごめん」
「ずっと続く当たり前の日々、か、陽平と……絶対俺には手に入らないと思ってた」
その美しい顔でいじらしいことを言われると、自制が……。
「ま、まぁその、泣き虫の美人なオッさんは、俺しか面倒見られないし」
「あ?」
「俺と一緒じゃないと、航介さん食事が雑になるし」
「……ん、まぁ」
「じゃ、命の為にも夫夫になるしかないね」
「何か、ムードないなぁ」
「そんなもんすよ、夫夫なんて。ほら」
俺は航介さんの手を引いて、ティファニーのドアを潜った。
終
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