ケーキをありがとう

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ケーキをありがとう

「それでお前、そのケーキを隣りの病棟のお婆さんのところに持って行ったんじゃないのか?」 『!!・・・』 ~~~中断 「ええええ?、どうしてお父さんが?、そのこと知ってるの?」 「だろ。」  七海は、いつの間にか、立てた膝に腕を組んで、まるで子供が学校で話を聞いているようだった。 「俺の行動が読まれている。‘お前は、小さい頃から、何をしているのかすぐに分かるんだよ’って言われた。」 「うそお。」 「うそぴょ~ん。」 「こらあ、悠斗、真面目に聞いているんだぞ。」 「ああ、冗談冗談・・・、そこで話を戻すけど、そんな衝撃発言の親父が、その訳を話し始めたんだ。」 再開~~~  10日前のことである。その日は冬晴れで、よく遠くまで景色が見える気持ちの良い朝だった。  父親は、朝飯が終わった頃、いつもの様に、テレビで朝のニュースを見ていた。番組では、今年の主な出来事を特集している。 『?・・・』  ベッドのカーテン越しに何やら人影が見えた。父親は、妻がこんなに早く来てくれたと思って、声を掛けた。 「随分早いな、母さん。今日は良い天気だから早く来たんだ。」 「・・・・」  そう言ったが、返事が返って来ない。それなので、父親は、カーテンを手前から引いた。 『!!』  びっくりして、心臓が止まるかと思った。そこに居たのは、見たことも無い入院服を着たお婆さん。  父親は、このお婆さん、間違えて此処に来たんだと思い、少し怖いところであるが尋ねてみた。 「何かご用ですか?、間違えて来たんじゃないですか?、看護士さんを呼びましょうか?」 「・・・・」  だが、お婆さんは、返事をしなかった。それに何だか凄く嬉しそうな顔をしている。3ab8dcd6-3c68-43d2-b188-eecf50e207d5 『これはヤバイ、まあ、驚かせるようなことはしないと思うが、看護士さんを呼びに行った方がいいな。』  そして、腰を上げようとした時だった。 「ありがとう!、本当にありがとう!、私はね、お礼を言いに来たんですよ。」 『???』  やはり勘違いしているに違いない、とは思いつつも。 『少し話して、落ち着いてから呼んだ方が良さそうだな。』 「ありがとう?、お礼ってなんのですか?」 「お礼ですよ。ありがとう、ありがとう。」  当然父親は、何のことだか分からない。しかしお婆さんは、そのまま勝手に話し続ける。 「昨日の晩に、優一郎が来てくれたんですよ。‘お母さん、心配は要らないよ。いつでも傍(そば)に居るからね。僕は、母さんのことを恨んだりしないよ。それにやっと、僕が買ったケーキを届けることが出来るんだ。ケーキは僕の友達にお願いしたから、楽しみに待っていて’、そう言ってくれたんですよ。」 「・・・はあ、そうなんですか。それで、どうして私にお礼を言いに来たんです?」 「友達とは、貴方のお子さんだと、優一郎は言っていましたからね。お子さんのお陰で、息子は、私を責めていないことが分かりました。もう思い残すことは無いんですよ。」 「悠斗がですか?、悠斗は、貴方のことを知っているのですか?」  すると、お婆さんは、また満面の笑顔で答えた。 「ええ、ええ、良く知っていますよ、‘ユウチャン’ですよね。」  そう言って、頭を下げて出ていった。 ~~~中断  七海のその声は、震えていた。 「つ、伝わったんだよ。悠斗のお婆さんへの思いが、伝わったんだよ。まだ良く分からないことがあるけど、ケーキを持って行ったことは無駄じゃなかったんだよ。」 「そう思う?、そうかもしれないと思っていたんだ。俺は、親父、お袋に今までの経緯を詳しく話した。するとお袋が、‘何か分からないけど、お婆さんは亡くなったお子さんに負い目を持っていたんだわ。ずっと、そのことで悩んでいたのよ”って、そして親父も、’そうだな。その鍵は、息子がケーキを持ってくることなんだが、亡くなられた今となってはもう分からないことだ‘ってね。」 「でもそれで、息子さんは今でも自分を愛してくれていることが分かったってことね。だから、悠斗が、その役目を果たしてくれたということよね。」 「俺は、優一郎さんのことは何も知らない。とにかく、ケーキを病院に持って来た。それは偶然のことだったはず。」 再開~~~ 「お婆さんにとって、ケーキは息子さんとの大切な思い出だったんだろうな。」 「そうですよ、これは優一郎さんからの愛の証(あかし)なんですよ。」  両親も、そう励まして言ってくれ、悠斗は、感極まっていた。クリスマスの、ということではなかったが、よく言われる奇跡的な出来事が起こったとしか思えなかった。 『来たかいがあったんだ、これでお婆さんを救えたのかも。』 # ♪~♪♪・・・  音楽とともに、院内のアナウンスが流れてきた。面会終了の時間になった案内だった。  すると、父親が帰る間際に、1つ言葉を贈った。 「入院してこんな体験をするとは思わなかったよ。悠斗、お前がこの貴重な経験をしたことは、きっと大きな糧(かて)に成るぞ。これから恋をして、結婚して、家族を持ち、今度はお前が子を育てて行く上でな。それに、お前はまだ最後まで役目を終えてはいない。このケーキをその看護士さんの処へ持って行きなさい。」  この時初めて、悠斗は、父親の言葉を理解して、心が通じ合えたような気がした。この後、何をするべきかを示してくれた。父親と腹を割って話すってことなどしなかった、それどころか、反面教師の存在だった。 「ああ、そうするよ。父さん、ありがとう。退院、楽しみにしてるよ。」 ~~~中断 「良かったよ、凄く幸せな気持ちになったよ。素敵なクリスマスプレゼント、ありがとう。それで一つだけ聞いても良い?」 「ああ良いよ。」 「結局、優一郎さんのケーキって、本当はどういうことだったんだろうね?」 「やっぱり気になった?、少しだけこの後があるんだけどね。」 「本当?、看護士さんにケーキを持って行ったのね。」 「ああ、そうだよ。・・・僕とお袋は、再びナースセンターに行った。そして、房枝さんの看護士さんに、自分と親父が体験したことを話した。」 再開~~~ 「そうなんですか、そんなことがあったんですね。今は、何処の病院でも病床は埋まっている状態なんですよね。大体予約でいっぱいで、うちでも空けば、直ぐ次の方が入ります。それが、不思議なんですけど・・・西岡さんが亡くなられて、次にベッドに入る方が、急に事情ができて明後日になったんですよ。」 「へえ、そうなんですか。」 「それで、西岡さんが此処にいらした時に、親族の方から聞いたことなんですけど。西岡さんは、若くして夫に先立たれてしまったそうです。一族の家を出て、息子(優一郎)さんと二人暮らしで、当然西岡さんが生計を立てていたそうです。ずっと前のことですけど、西岡さんが、ご自身の話をしてくれましてね。 ‘あの子は素直で、母親思いだったのよ。貧しかったけれど、本当に幸せな暮らしでしたよ。小学校を卒業すると、生活の足しになればと新聞配達を始めたの。あの頃は、裕福な家庭なんか殆どなかったからね。沢山の子供達が、家計のために働いていたわね。それであの子が働く所は、毎月末が給金日、もらったお給料を持ってきてくれてたんだよ。‘」 「そうだったんですか。クリスマスプレゼントではなく、お給料を持って来てくれる息子さんへの感謝の記憶だったんですね。」  これまでの経緯(いきさつ)が、嘘のように解明されて、繋がっていく。悠斗は、運命など信じないにしても、お婆さんを苦しみから解く役目をしていたことを悟らされた。 「‘あれは、あの子が14歳の時だったの。日曜日と重なって、給金日が12月24日に繰り上がったの。その日は、朝から雪が降っていて凍えるような1日だった。私は勤めを早めに切り上げさせてもらって、あの子の大好きな鍋の夕食をしようと用意をしていたの。そして、あの子が帰ってきた。何だか淋しげな様子なの。聞くと、この雪でなのか、近くの洋菓子屋さんが閉まっていたのだとね。何で洋菓子屋さんにって聞くと、私の誕生日だからお祝いをしたいんだって。私が、しなくてもいいって言っても、聞かないの。でも、凄く嬉しかった。それであの子は、私に尋ねてきたのね。こんな日でも、ケーキが売っている店を知らないかとね。私は、隣町の新しく出来たアーケードの商店街なら雪の心配が無いから開いてるんじゃないかって言ってしまったのよ。でも、今日は寒いし、また今度で良いからって言ったの。私と息子は、温かい鍋を囲んで、また日頃のことなんか話して、とっても幸せだった。一息ついて、夕食の片付けをしようとしていたら、急にあの子が言い出したの。 ^今日は、母さんの誕生日だよ。まだ開いているだろうから隣町までケーキを買ってくるからね。^ 私は、息子のいじらしい熱意に負けて頼んでしまったの。 ^母さん、どんなケーキを買ってこようか。^ ^そうね、私の大好きな苺が沢山乗っているケーキが良いわ。^ ^分かった。^ ^それじゃあ行ってくるから、温かいお茶を用意して待ってて。^  そう言って出て行った息子の後ろ姿を見送ったんですよ。・・・でも、あの子は帰って来なかった。アーケードの交差点で、雪に止まりきれなかった車に跳ねられたんです。私は、雪の日で危ないと思っていたのに、何故あの子に買って来るよう頼んでしまったのか。息子を亡くしてしまったのは、私のせいなんですよ。‘」 ~~~終話 「・・・ずっと苦しんでいたんだね・・・辛かったでしょうね。」 「ああ、お婆さんの何十年の苦しみに比べたら、試験や日頃の勉強なんか馬鹿馬鹿しいね。面会時間は終っていたけれど、看護士さんは、快く承諾して、また206号室に向かったんだ。そうして、お婆さんの寝ていたベッドの枕元にそっとケーキを置いたんだ。‘お誕生日おめでとうございます。優一郎さんのケーキを届けに来ましたからね。’そう静かに呟いて、病室を後にしたんだ。」  2人は、感慨深くなり、少し黙っていた。  七海が、机の上に置いてある小さな置き時計を見ると、慌てて喋り出した。 「あれ、11時55分よ。お婆さんの誕生日が終わっちゃうよ。お話は、私へのプレゼントだけど、この苺のケーキは、お婆さんへのプレゼントなんでしょう?」 「そ、そうだね。この話をして、七海と一緒にお祝いをしようと思っていたんだ。」 「それじゃあ、ロウソクに火を点けて、バースディーソング歌おうよ。ほら、マッチ、マッチ。」  僕は、急いで台所に行って、着火器具を持って来た。 「点けたよ。」 「さん、はい!」 “♪HAPPY BIRTHDAY TO YOU・・・”  2人で涙を流しながら、誕生日の歌をお婆さんに贈っていた時だった。 # コ~ン・・・ 「あれ、あれ、なんか、鐘の音が聞こえて来ない?」 「ああ、あれは、この町にはお寺さんが沢山あるよね。0時になると何回か鐘を突くんだよ。」 「25日になっちゃったんだ。それじゃあ、メリークリスマス!、メリークリスマス!、改めて、クリスマスの祝杯よ。」 「そうだね、メリークリスマス!」  その日は、本格的な寒波が到来した。  七海は、雪で交通機関が止まったから近くの友達のアパートに泊めてもらうと自宅に電話をしていた。 「そっち持って、広げるよ。」 「ハ~イ。」  ありったけの布団を出して、お互い毛布に包まって眠りについた。その時、相当酔っていたけれど、七海が、一言、悠斗に呟いた。 「悠斗、ありがとう、大好きだよ。」 「俺もだよ、お休みなさい。」  暗い天井を見つめながら、お婆さんのことを思い返していた。  すると、どこからか聞こえてきたような気がした。 “ ユウチャン、ケーキをありがとう ”7a883d4b-b01a-4ba2-8c40-89664b307f1d ~ おわり ~
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