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「饗応、とは、具体的にどのようなことを考えている?」
橘の大臣が眉間に皺を寄せる。
こほん、と道晴が咳払いをした。
「では、私が今考えていることを全てお伝えいたします」
道晴が一歩分だけ、座したまま前に出る。
「妖饗応。京に入らんとする妖達を、京の門前でもてなし、満足してお帰りいただくという案でございます。もてなす方法は料理、管絃、舞楽などがよろしいでしょう。神々への奉納品と同類のものと考えていただくのが分かりやすいかと」
ふむ、と大臣たちは思案する。
「そのもてなしとやらを、誰が主催するのだ?」
「勿論、私が。まずは試しに、一度宴を開いてみるのもありかと考えております。」
皇の声が、明らかに興味を持っていることがわかる。国の統治者である彼が作り出す空気は、すぐに他の者達へ伝染るのだ。大臣たちまでもが、案に対して少し前向きになっている。
父である桜の大臣、道康は額を抑えてため息をついた。
「道晴。それを実行するための資金はどこから出すつもりだ。料理を振舞うにしろ、管絃を披露するにしろ、まず京外に邸がいる。そして御馳走の材料、管絃の手配と奏者への給料」
「それについては、こちらが善処しよう」
皇が応える。
「皇……!」
「よい。朕が支援したいと思っておるのだ。此度の道晴の妙案、実に興味深い。面白い息子に育っているではないか、道康」
はは、ありがたきお言葉。と道康が平伏する。
「道晴よ。饗応に使用する食器や道具はこちらから用意しよう。饗応の邸を建設する手配もさせよう。なに、使わなくなれば関所なり衛士の常駐場所なりにすればよい。が……、それは少し寂しいではないか。必ずや、その妖饗応とやらを成功させて見せよ」
「御意」
道晴は深々と頭を垂れた。
「で、大事に首を突っ込んだと」
「うん。まあそういうこと」
午前の出来事を聞いていた短髪の少年は、呑気に答える道晴の胸ぐらをつかみ、ぶんぶんと前後に揺さぶった。
「まーたそうやってすぐなんでも首を突っ込みやがって!お前の後始末、今まで誰がやったと思ってるんだこのやろー!」
「安心しろ、八千彦。今回は成功する気しかしない」
「何回も聞いたわっ、その台詞!」
八千彦はずずい、と道晴に詰め寄る。
「お前。第一妖見たことあんのか?」
「小さいのしか見たことない」
「問題点大有りじゃねえか!」
邸の女房たちが、賑やかな二人を微笑ましそうに眺めている。この二人がやいのやいのと騒いでいるのはいつもの事。家の者達はこれくらいでは動じない。
「あー!お兄ちゃん、また道晴様に向かって偉そうな口利いて!いけないんだー」
廊下を通り過ぎようとした小袖の少女が、目を据わらせて八千彦を睨む。
「構わない、八千梅。俺が許してるから」
「ほら、道晴もこう言ってる」
「道晴様が許してても、これは礼儀の問題!見た目と人格とは裏腹に、結構高い位の人なんだから!それに対して私たちはお仕えしている立場なの!」
どことなく棘のある八千梅の言葉に、道晴はぐ、と呻く。確かに齢十六の成人済み男性ではあるが、宮以外では童子のような恰好をしている。人格は自分ではいまいち自覚がないが、皆から暴君、お騒がせ者、藤家の問題児と言われる始末。
「ま、人格は行動力があることを妬んだ奴の評価と受け取っているけどな!」
「お前に振り回されている奴からの評価だよ」
前向きな道晴に八千彦がぼそっと呟く。
道晴。姓を藤という。この藤家は長らく皇、朝廷と密接な関係を持ち繁栄してきた有力貴族の一族である。現在、朝廷でも最高官位である「桜の大臣」藤道康の三男坊が、道晴だ。未だ妻を持たぬ彼は、母と姉、弟、妹たちと同じ邸で過ごしている。
家付きの女房は二人ほどしか持たず、代わりに随身として八千彦と女房として八千梅の兄妹を雇っている。この二人は朽ち果てたあばら家で過ごしていた孤児であり、それを道晴が発見した、という経緯がある。
三人が出会った際、道晴の第一声が。
「友達になろう」
だったため、八千彦、八千梅はともに「なんだこいつ」と困惑したのだった。
閑話休題。
「んで、饗応するのは良いが、いつやるんだ?」
「邸の手配が整ってから、というのは遅い。まずは事前調査と行くぞ!」
「はい!私はなんか面白そうなのでお供します!」
八千梅は頼もしいな、と道晴がわしわしと頭を撫でる。で、八千彦は?と二人が問いかける。
「……行く。どこでやるんだ」
道晴はおもむろに立ち上がり、胸を張って言いのけた。
「勿論。牡丹門外で」
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