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京、牡丹門(ぼたんのもん)。外と内を隔てる四門の内の一つである。一番南に位置する牡丹門は文字通り赤く、一番大きい。  人通りも多く、中へ入るためにはここの検問を通過しなければならない。  道晴たちは門を通り抜け、道へ出る。京とは打って変わり、広大な草原と、水路、その間に敷かれた道が広がっている。もう少し離れれば各貴族が所有する田園とそれに携わる人々の集落が広がっていることだろう。  夕暮れ時の人通りは少ない。代わりに、人ではない者たちで小路は賑わっていた。 「に、賑わってるって言っていいのか?これは……」  八千彦がその光景に絶句する。京周辺をうろうろしている虫のような異形、ちらちらと道晴たちを見ている鬼、首のない馬や宙に浮かぶ髑髏、手足の生えた食器や楽器。 「噂以上の数だなあ……!これは朝廷が百年も手こずるわけだ」 「わあ……!あっちにも、こっちにも……!」  どうしてこの二人はこんなにも目を輝かせているのだろうか。  見たことのない魑魅魍魎に興味深々、といった様子の道晴と八千梅に、八千彦は一つ息をついた。   「なあ、本当にこいつらと意思疎通できるのか?」 「彼らは皆神秘から生まれた者達だ。会話はともかく、筆談なりなんなり、いくらでもやりようはある!」 「いや、そういうことじゃなくてだな……」  八千彦はあたりの魑魅魍魎を見渡す。そもそも興味なく、通りすがっている者もいれば、明らかに獲物を見る目で様子を伺っている者もいる。あれは完全にこちらを「喰う」気だ。  万が一の時があれば、道晴だけでも生きて帰さなければ。  そんな心配をする八千彦をよそに、道晴は妖怪たちをじ、と眺める。そして、京に入りたそうにしている一匹の妖を見つけると、そちらの方へ駆けて行った。 「すまない、ちょっと尋ねたいことがあるのだが」 「……ナんだお前?」 「京に入りたそうにしていからな。理由を聞いても?」  怪訝そうに眉を顰めるのは、白色の狼の妖だ。額には赤い不思議な文様と三つ目の眼が備わり、脚の毛が炎のように揺らめいている。道晴よりも二回りほど大きい狼は、赤い瞳で道晴を見下ろす。 「最近は山の食べ物が少なくてだナ、ここならたくさん食べものがあるだろう?だが、結界があるとは知らナんだ」 「ちなみに、食べ物とは何をお求めで?」  狼はにやりと口端を吊り上げた。 「それはもちろん、肉に決まっていル」 「ほう、肉。確かに京には牛もいるし、他にも犬やら鳥やら鼠やら……」  他には何があったっけな、と道晴は考える。 「人間も食べルぞ」 「ああ。確かに人間も例外ではないな!」  狼は道晴の答えに、眼を瞬かせた。まるで何も気にしていないかのように。 「……人間も食べるぞ?いいのカ?」 「うん?まあ、確かに食べられては困るのだが、他人の食べ物にとやかく言うのは野暮というものだ。それが異なる種族であればなおさらよ。人ではなくともその種には種に伝わる本能や信じる文化があるのだしな」  狼は想像と異なる反応に驚きつつ、少し不満げだった。 「お前、変な奴だナ」 「はは、よく言われる」  その時、草むらの影から野犬に似た妖が五匹飛び出してきた。低く唸り声をあげている。 「……どうやら俺を食べたいらしい」 「こんなところに人間が居たら、そりゃこうなるゾ」  白狼が呆れ交じりに息をつく。背後から近づいて来る気配が二つ。 「道晴!お前、ひとりでふらふらするな!」 「狼さん、こんにちは。主が御迷惑をおかけしております」  八千彦が刀を、八千梅が弓を構える。その様子を見ていた白狼は、おもむろに立ち上がると、野犬と道晴の間に、立ちはだかった。一回りも二回りも、それよりも大きい相手に野犬は委縮する。 「去れ駄犬。この人間は俺の獲物ダ」  がう、と威嚇する。その圧に、野犬の妖は一目散に逃げていった。 「おお。尻尾を巻いて逃げ出すとはまさにこのことか」  道晴は感心したように、野犬たちが逃げる体を見送る。そして、白狼へ向き直った。 「貴殿には借りが出来てしまったな。ありがとう、助かったよ」 「お前は変な奴だが、面白イ。食べてしまうのももったいなイ」  白狼はそう言うと踵を返した。 「食べ物がないならここにはもう用がないし、そろそろ帰る。家族が待っているからナ」  道晴は白狼を制止した。 「ちょっと待ってくれ!せっかく京まで来てくれたのだ。手土産の一つでも持って帰ってくれ」 「手土産?」  ちょっと待ってて!と言い置くと、道晴は京の中へ駆けて行く。その背を見て、取り残された八千彦、八千梅、白狼は互いに顔を見合わせた。  走ること三分。家に戻ってきた道晴は、夕餉の支度で厨にいる母と女房に息を整えながら問う。 「母上、肉か魚はありますか?あと干果なども……」 「貴方が好きな鮎なら知り合いの方に沢山もらいましたよ?三十ほどだったかしら」 「十尾ほど私にいただけませんか?」 「ええ。構わないわ。食べきれないと思っていたから」  道晴の母は鮎を十尾取り出すと、布に丁寧に包み、道晴に手渡した。 「道晴様、こちら桃の干果でございます」 「ありがとう。母上もありがとうございます」 「大丈夫よ。いってらっしゃい」  道晴は一礼すると再び牡丹門まで駆け出した。門の奥には白狼と八千彦、八千梅の姿が見える。どうやら門まで移動していたようだ。 「待たせたな!これが土産の鮎だ、持っていくと良い。桃の干果もあるが、食べられるか?」 「ああ。食べられるが……いいのカ?」  道晴は額の汗をぬぐいながら、笑顔で頷いた。 「勿論いいに決まっているとも。貴殿には助けられた恩がある。……そうだ、また是非京に来てくれないか?その時は今日のお礼に、ここで盛大にもてなしをさせてもらうぞ!肉も用意しておく!」  自信に満ち溢れた道晴に、白狼は思わず噴き出した。 「っ、ははははは!中々面白そうナ誘いだ。お前、名前は何だ」 「俺は藤道晴という。皇より妖饗応の任務を任されたものだ!」 「そうか、道晴か。俺の名前は真神(まがみ)ダ。近くを通る際は、また京に寄らせてもらおう」  白狼、真神は道晴に顔を近づける。道晴が少しだけ戸惑ったようにおずおずと手を伸ばす。真神はその手にそっと頬ずりをした。 「なるほど。これが貴殿らの挨拶か」 「また会おウ、道晴」 「ああ。またいつか」  真神は跳躍すると、闇の中へと消えていった。ふう、と八千彦と八千梅が息を吐いた。 「まったく……ひやひやする……」 「真神さんと仲良くなれて良かったですね、道晴様」 「ああ。お前たちもついて来てくれてありがとう。もう少し調査したいところなのだが、どうだろう?」  八千彦と八千梅は苦笑した。 「ついて行くという選択肢しかないだろ?」 「こんどは私も妖さんたちとおしゃべりしてみますね!」  え。と八千彦が八千梅を振り返る。そうかそうかー。と道晴は呑気なものだ。 「情報収集は人手が多い方が良いですからね!ささ、道晴様、もっと妖のご友人を作りに行きましょう!」 「おー!」 「ちょ、八千梅!?」  八千梅は兄を引きずり、話を聞いてくれそうな妖の元へ駆けだした。道晴はそのあと追いかけようとして、少しだけ真神のことを思い出した。白く、美しい狼であった。それに加えて思いのほか友好的で。 「……狼……真神……おおかみ、……大、神……」  道晴は思わぬ答えにたどり着き、冷や汗を流した。 「……まっさかあ……」
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