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夫のその言葉で、私は理解した。
きっと、私か赤ちゃんか、もしかしたらその両方に危機が訪れているのだということを。
「それ……『赤ちゃんが』危ないの?」
私が咄嗟に口にした言葉。
それは、自分と赤ちゃんがどんな状態なのかを確認するため。
「胎盤早期剥離……といって、胎盤が生まれる前に剝がれてきてしまう症状なんです。大量の出血を伴い、母子ともに危険な状態です。こういう場合は、お母さんの身体を優先し処置することが多いですね。」
主治医も悲痛な表情で私に説明する。
そんな主治医を、夫は驚いた、そして不満混じりの表情で見つめた。
きっと夫は思ったはず。「何故話したんだ」と。
それは、私がお願いしたから。
「もし、自分に何かあったら、そのことを包み隠さずに私に教えて欲しいんです。悔いは残したくないから。お願いします。」
自分がどんな目に遭ったとしても、悔いなく生きていたかった。
「いいの、私が前にお願いしていたの。だから、先生を責めないで……。」
夫が握る右手を、握り返す。
「君の命がいちばん大切だよ。生きていれば、きっとまた……」
夫は、そこまで言ってその先の言葉を飲み込んだ。
そう、私も同じ気持ちだ。
年齢的にも、そして私の身体も、きっと『次』はない。
夫も、それはわかっているはずだった。
ずっと一緒に不妊治療をしてきたのだ。分からないはずはない。
だから、私は夫にお願いしやすかった。
「赤ちゃんをいちばんに助けてあげて。次はきっと無いから。私に、今まで頑張ってきた最後のご褒美を……下さい。」
ずっと、苦しい日々だった。
それは何のためか。
いま、危機に直面している新しい命を、迎えるため。
この日のために、私たちは諦めずに生きてきたのだから。
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