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『大坂に雪が降りました』
切り出された静かな語り口に、水野は束の間、胸を撫でおろす。
あぁ、なんだ。そっちか。と。
『関東よりも大坂は温暖だと聞き、雪が降ることを期待しておりませんでした。ですが、赴任した大阪はとても肌寒く、雪華の観察は夜の冷え込む時間に行われるのですが、思わぬ寒さにとても難儀したことを覚えています。いつものような準備ができず、蘭鏡のレンズを調整する手が震えて、小皿に採取した雪片をピンセットで解きほぐすのも一苦労。溶けるよりも先に、観察しながら記録を綴るにも墨が凍る。ですが、苦労した甲斐があって二十九種もの雪華を記録することが出来たのです』
『だから、それが、なんだというのだぁ!』
安堵で落ち着けば、次に来るのは話が見えない焦燥だった。
水野は緊張すると吃り癖がでる。
周囲に侮られないように、言葉を短く、淡々と語るように心がけているのだが、それが却って、周囲から酷薄な人物として映ることを当人が気づくことはない。土井は水野の吃りを気に留めず、遠い視線で語りだした。
『その翌年に、全国で大飢饉が起きました』
『……』
二十九種の雪華が、平常よりも多いのか少ないのか分からず、水野の困惑した表情を見て取り、土井は言葉を続ける。
『寒さが極まれば、その分、雪華の文様が複雑になり、観測する数も比例いたします。天保以前の文化文政期のものは、十四年間で観測された雪華の合計が四十四種類。ですが、天保二年から一冬で一気に三十一種、天保三年から四年にかけては、五十五種……そして、大坂に赴任した天保六年には、滅多に雪が降らない大坂で二十九種類の雪華でございます』
『……つまり、雪華の数で飢饉が予測できるというのか?』
記録を正とするのなら、天保の大飢饉の時期と一致している。
――そんなバカな。だが……。
なにか言わねばと焦るも、言葉が痰のように喉に絡みついて外に出ることはない。
記憶の中で、雪達磨のような雪の殿様が微笑する。
『私めの二十年におよぶ雪華の記録を読み解けば、法則性が見出されるかもしれません』
『それはそれですごい事であるが、それが何だというのだ』
『辛抱強く、歴史を眺めるように、最低でも百年の長い目で自然を読み解く構えでなければ、印旛沼の開拓は頓挫いたします。どんなに費用を投じようとも、腕の良い工夫と最新鋭の設備を導入しようとも、自然界の複雑さを理解できなければ、印旛沼は牙をむきましょう。自然や歴史の流れは壁のよりも分厚く、人間よりも容赦がないのです』
『…………っ』
これもまた痛い話であり、雪という自然現象に対して、人生を捧げてきた者からの警告だった。
表面化していないが、印旛沼の開拓は頓挫の兆しを見せている。歴代幕臣たちが、開拓に挑んでは破れた因縁の地でもある印旛沼は、水野にも決して心を許すことなく、どんなに杭を打ち込んでも底が沈んでいく、その特殊な土壌によって工事を難航させ、完成の見通しを完全に見失なわせた。
失脚後に残ったのは、中途半端な工事の跡だけだった。
◆
――あぁ、なぜ、わしはここにいる?
なにもかもが裏目に出る。そんな自分が老中首座に返り咲いたのは、土井を筆頭とした裏切り者たちに報復したい一心であった。だが、土井には響かず、むしろ感謝しているような雰囲気さえ漂わせた。
天が雪を降らす限り、この男は、決して絶望することはない。
そんな予感が頭をもたげた時、なにもかもがただただ虚しくなった。
現実の肉体が布団に寝かされていることを感じながら、雪の匂いと共に思い出す苦々しい記憶。
今朝、不意に土井の観ている世界を知りたくなり、鈍色の空に目を凝らしたのだが、雪を見ても感じることなく、なにも読み取ることが出来なかった。
苛立って着物についた雪華を叩き落としても気が晴れず、叩き落とした瞬間に、手の熱で溶けた雪華の儚い感触が、水野の気持ちを増々落ち込ませた。
個人ではどうしようもない歴史の流れの中で、自分はどんな役目を果たしたのだろうか。少なくとも、この国が続く限りは、天下の大悪人【悪魔外道】として名が残る。
対して土井は水野の影に隠れるが、【雪の殿様】として残した研究と雪華図は、時代を超えて多くの人々に求められるのだろう。
しかし、自分が悪で遠山が英雄とするなら、真の英雄は自分を失脚させた土井の方ではないのか?
名が残る。名が残らない。成果が後世に続く。続かない。
その差はどこから来て、果たして自分は、この国はこれからどうなっていく?
大国の清を破ったイギリス。イギリスと敵対するフランスは日本に通商を求め、オランダ国王が開国するよう幕府に親書を送り、ロシアの船が近海に出没しているという。
水野は外国船をやみくもに打ち払うことで、戦争のきっかけになることを恐れていた。穏便に帰ってもらう方針を打ち出したにもかかわらず、未だ危機感の薄い連中は、過激な強硬策を押し通そうとしている。
将軍もオランダの親書を水野に見せるが、返答はすでに決まっているようだ。水野が復帰し、開国に対して前向きに検討するよう意見しても、もう誰も耳を傾けることはない。
水野憎し――自らがまいた種が芽を出して、因果応報の触手に水野は囚われる。
あぁ、もしも、もしも、余計な気を起こさずに唐津藩を治めていたら、自分の意見は取り上げられただろうか?
長崎警固を担ったいた家臣たちの意見を取り入れて、この国の外交を一段階上まで引き上げ、唐津の名君として歴史に名を残せたのではないか?
そんな仮の可能性を考えても仕方がない。
水野の国替えによって家臣たちの手腕は錆つき、親戚の小笠原家に唐津藩を任せたのだが、財政が悪化し、飢饉の痛手と借金苦で目にも当てられない状況だと聞いている。
もうなにもかもお仕舞いだ。
自分がしたことは、国防の拠点の一つを潰し、国を守るための人材を資金を経験をドブに捨てた。
唯一の息子に残せるのは負の遺産と、親が買った恨みの数。
なにもかもが取り返しがつかない。
なにもかもが遠い。
――わしも雪のように、次の瞬間に消えてしまえばどんなに良いだろう。
目が覚めたら地獄の続きだ。
どんな未来が待っているか分からないが、せめて明日は、雪ではなく晴れて欲しいと、そんなことを布団の中で考えた。
弘化二年(1845年) 二月。
水野忠邦――持病の悪化を理由に、老中を再辞任。
幕府はオランダの国王に鎖国を継続する旨を回答し、国防と外交において様々な対策と議論を投じるものの、有効的な方針が定まることなく時代は幕末へと移り変わるのだった。
【了】
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