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今いる区画も普段は呼び出しを受けない限り立ち入れない場所であり、イェールは大理石で出来た化粧床の目地を磨きながら、高官達の話に懸命に耳を傾けている。
「今日はプルディアのミゴット卿が猊下と―――」
「聖マリエスライトがスインドに入ったようで―――」
しかし、入ってくる情報は取り留めのないものばかりである。
(そろそろか……っと)
いつまでも同じ場所を磨き続けるのは怪しまれると思い、場所を変えようとした矢先、前から高官二人がやってきたので慇懃に頭を下げ、道を譲る。
二人はイェールに目もくれず、窓から差し込む朝日に目を細めながら丸々と肥えた体躯を揺らして目の前を過ぎ行く。
「むふぅ。年甲斐もなく大いに食ろうてしもうたわ」
「いやはや、甘過ぎる蜜はあまり好みではなかったのだが」
「……言った通りだったじゃろう?」
「それはもう……主の御威光を示すには己が身を捧げんとな」
「ぐっふっふ。その通りじゃわ」
(……?)
主は甘味を禁じていないとはいえ、高官ともあろう者がこんな朝からため息をつくほど食べたのかと呆れたが、それを顔に出すほど馬鹿ではない。
高官とて所詮は人の子。神を信仰しながらも性格的には奢侈を忌む現実主義者であるイェールは、さもありなんと何食わぬ顔で二人を見送り、次は階上に取り掛かろうと足を向けた。
(なんでもいい。何か、何かお嬢様に繋がる取っ掛かりがあれば……)
必死にジェリトリナの痕跡を探す日々。一歩歩くたびに焦りが込み上げ、そこからくる苛立ちを食いしばる度にギリリと奥歯が脳を揺らす。
恐らく聖堂内で今のイェールが最も主の御業を欲しているだろう。
どうかお嬢様の身をお守り下さい、と。
そして、そんな彼の祈りは望まぬ形で叶うことになる。
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