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「お嬢様っ!」
聖堂内では禁句と自身に課していた制約も忘れ、次から次へと浮かんでくる最悪のシナリオを振り払うようにイェールは声を上げた。
騒ぎの中、脇目も振らず神官専用の居住区に駆け、自身の部屋に飛び込むや長らく閉じたままのキャビネットの戸を勢いよく開ける。
ゴンと跳ね返る扉を身体で受け止めながら、中に立てかけられている二本の旋棍を握りしめた。
聖徒時代、学と並行して鍛え上げた武器術。
神官となった時から、もう振るう事は無いと思っていた。
(お嬢様を害する者あるならば、この手で……っ!)
放火犯は火事場に居続ける習性があることは知っている。
最悪、もしこの火の手がそうであるならば、この手で不信を排し、何としてでもジェリトリナの行方に繋がる何かを見つけ出さなければならない。
(早く、早くっ!)
背に走る悪寒に耐えながら黒煙の位置を確認し、全てを周る為の最短ルートを脳裏に描く。
そして最も近い黒煙に向かって走り出したその時、経験したことのない地揺れがイェールの前のめりの姿勢を崩した。
「うっ!」
(今度は何ですか!?)
同時に聞こえる崩壊音。
神の怒りが地上に降り注いだと、先ほどの神官達が頭を抱えてうずくまる様が容易に想像できる。
だが、神の怒りでない事は直後に判明した。
揺れる空気。
凄まじきかな、その咆哮。
「ばーっはっはっはぁっ! 相変わらず胸糞悪い場所だ! 行けぃバカ息子共っっ! 薄汚ねぇ宝も、下らねぇ命も、腐りきった信仰も、根こそぎ奪えっ! 奪って、奪って、奪い尽くせぇーっっ!!」
大聖堂に、再び悪夢がやって来る。
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