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この初めて目にする資料をほんの数秒で読み解き、全てに目を通すという優れた能力を垣間見る一面だったが、当のイェールはそれどころではない。
(なんということだ……お嬢様の名が無い……消された痕跡すら無いという事は、記録すらされていないのか)
こうなってくると、ジェリトリナだけの問題ではなくなってくるというもの。一体過去、どれほどの聖女候補が抹消されてきたのか。
ゾクリと背が怖気立つ。
ロマヌスには何か途轍もないモノが潜んでいるのかもしれない。
しかしここまで来て今更諦める訳にはいかないと奮い立ち、まだ何かあるはずだと前を向く。
窓の外からは、未だ剣戟を振るう大勢の声と町の喧騒が聞こえてくる。
イェールは賊の存在と背信行為、ジェリトリナの行方に気を取られ、無警戒に部屋を出てしまった。
これが、イェールが神に望んだ罰だったのかは、今は分からない。
「あん? まだいたのかよ」
「っ!?」
普段なら絶対にするはずのない、背後に立たれるという油断。賊はまるで知り合いに声を掛けるかのように無造作に声を掛けてきた。
賊なら邪魔者は速やかに排除するはずで、声を掛けるなど以ての外だろう。
ここは聖堂で、しかも高位階の神官らが出入りする奥まった場所である。
正門が破られれば流石に気が付くはずだが、それが無かったという事は、門の前にひしめく聖騎士らの目を盗み、難なくここまで入り込んだのだ。
たった一人で、全く警戒することなく。
これが意味するのは―――
(おそらく、まともに戦って敵う相手ではないでしょう)
そう思った瞬間、イェールは転進と同時に法衣に隠した旋棍を躊躇いなく振るった。
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