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「百を納めておきなさい」
「畏まりました、旦那様」
イェールはすぐさま本国から持参していた金の半分を別の袋に詰め替え、御者に先に行くよう言い残して聖堂の裏口に回った。
金という俗物をもって聖堂正面から入ることが禁止されている事は、幼い頃から聖堂に出入りしていたイェールはよくよく心得ている。
裏口は事務方に繋がっており、扉を開けて鈴を鳴らすと奥から祭服に身を包んだ壮年の信徒が顔を出す。
「イェールじゃないか。使用人生活はどうだい」
「はい。良くして頂いています」
「それは何よりだ」
イェールは三年前、ルクソル王国に属するナイトレイ公爵家の長女、フランシカと入れ替わりで使用人として出向していた。
神聖ロマヌスには聖騎士団と呼ばれる教会戦力がある。
ロマヌスの教えを広めるのが神官ならば、ロマヌスに仇なす者を誅滅するのが聖騎士団の役割。
浮浪児だったイェールは幼い頃にその中性的な顔を見込まれて教会に拾われ、神学と戦闘技術を叩き込まれてきた。
頭の回転が速く、戦闘に関しても高い評価を受けており、神官としても聖騎士としても有望株。若くしてロマヌスの外交組織の一員になったという経緯がある。
「ジェリトリナお嬢様は如何でした?」
「え、ああ。俺たちは知らされてないんだが、ナイトレイ家は名家だろう? 騒ぎも無いし、何事も無く終わったと思うぞ」
「そう、ですか」
主人に直接聞く事はできないので、ここで顛末を聞こうとしたが当てが外れた。
ジェリトリナに神学を教える立場にあったイェールはその成果を発揮できたのかと気を揉んだが、儀式に成功し、聖堂預かりになったという事はそういう事なのだろう。
クライズの指示通りに金百を納め、少し雑談をしてから証書を受け取って裏口から出ると、明らかに人が増えている事に気が付いた。
金属鎧が擦れる音があちらこちらから聞こえ、どこか物々しい雰囲気が辺りに漂っている。
イェールは何かあったのかと訝しみつつ、早く主人の元へ戻らねばと気を取り直したその時、不意に背後から声が掛かった。
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