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七十四 今が大事
「は? 全然似てないが?」
顔を顰めながら嫌そうに言う吉永に、俺は「そうかなぁ」と首を捻る。いつの間にか、吉永の声も殆ど変わらなく聴こえるようになっていた。全く、メンタルが弱くて嫌になる。
「みんなに似てるって言われたけど」
「標準男性会社員なんて、みんな同じような髪型してんだから。そんな感じになるだろ。全然似てないって。目も航平のがくっきりしてて大きいし、鼻の形だって良いし。唇、ちょっと薄いところとか。全然似てないけど?」
「なんか恥ずかしいって。まあ――髪型はな。俺とか無個性だし」
「イメチェンしてみる? おれの通ってる美容室良いよ~。店長の赤澤さんが腕が良くて」
「んー。考えておく。でもなあ」
「そう、悩まない。おれが似てないって言ってるんだから。航平のが、カワイイよ?」
「……カワイイなのか……」
「そりゃあ、おれから見たら、カワイイ、カワイイよ」
そう言って頬にちゅっとキスをして、頭をぐりぐり撫でられる。吉永にとって、俺は「カッコイイ」ではなく「カワイイ」だったらしい……。ちょっと哀しいが、年下なのだから仕方がないか……。くそ。いつかカッコいいって言わせてやる。
「おれだって、不安だったんだからな? お前、おれの脚しか好きじゃないのかと思ったわ」
「それは――脚は仕方がないだろっ。言っておくけど、脚で好きになったわけでも、脚が好きなわけでもないからな。好きになったのが律で、たまたま好みの脚だっただけ!」
「嬉しいこと言ってくれるじゃん」
またキスとナデナデだ。吉永は俺を甘やかす気らしい。嫌なわけないし、嬉しいが、カワイイと思われているのだと思うと、複雑だ。
「~~~っ。律こそっ。本当に石黒とは何もないのかっ? アイツ、迎えに来たとか言ってたじゃん!」
「バカ言うな。こっちから願い下げだわ」
「……願い下げって……。じゃあ、迎えに来たのは、本当ってことか?」
俺を撫でていた手を止め、吉永が真顔になった。
「……石黒がどう思ってるのかは、知らねえよ。……ただ、寮を出ていくときに、そういう話しはした」
「――」
じゃあ、本当なのか。ズキリと、胸が痛む。
「律、は……。石黒を、待ってたの?」
「待つわけないだろ。アイツが勝手に言ってんだよ」
「……本当に?」
「マジで! 行くわけないって。アイツの下とかゾッとする。月百万貰ってもお断りだよ!」
「一千万だったら?」
「ナイナイ」
「一億」
「……。って、ガキかよ!」
グイと首を引き寄せられ、唇に吸い付かれる。ちゅう、と吸い上げられ、舌を捩じ込まれた。
「っ、ん」
深くなる口づけに、吉永の腰に手を回す。舌を絡めあい、何度も角度を変えて味わう。
「んっ……、航平……」
「律……、好きだよ、律……」
「ふは、大盤振る舞いじゃん」
「でも一億貰ったら行っちゃうんだろ?」
「ばーか。おれは金より、お前のが大事。行かねえよ」
「俺も誘われたんだけど」
「はぁ!?」
そう言えば俺も声かけられてた。忘れてたけど。吉永が目を見開いて、戦々恐々とする。
「お、お前、受けてないよな?」
「まあ、断ったよ」
「はぁ~、良かった……。マジで、アイツの下にはなるなよ! 絶対!」
「お、おう」
吉永の反応を見る限り、どうやら本当に石黒のもとに行くつもりはないようだ。というか、むしろ嫌っているように見える。
色々と思うところはあるが、初対面の印象では、石黒は出来る男、カッコいい男という雰囲気だった。似ていると言われて、悪い気がしなかったのは事実だ。そんな石黒を、そこまで嫌う理由はなんだろうか。
「――律、石黒と昔、なんかあったの?」
質問に、吉永は顔をしかめ。拗ねたように唇を尖らせて、顔を背けた。
「それは、言いたくない……かも」
「……解った」
まあ、仕方がない。かなりモヤモヤするが、いずれ教えてくれるかも知れないし。
「良いの?」
「良い。俺は、今の律ちゃんが大事だから」
「ん。へへっ」
吉永は嬉しそうに笑うと、ぎゅっと抱きついてきた。
そうだよ。今が大事なんだ。過去なんかじゃない。
俺は、吉永が。律が居てくれれば、それ以外なにもいらないんだから。
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