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振り返って相手の顔を確認した瞬間、驚きの声をあげてしまう。大声でセシルの名前を呼んで引き留めてきたのは、同僚のジェフリーだった。
セシルは仕事――といっても今週はほぼ読書をしていただけだったが――を終えてからマルコムと研究所長に呼び出され、報告と意思確認のためにこの時間まで研究所に残っていた。
しかし特に用事のないルカが終業と同時に退勤したので、てっきりジェフリーも同じタイミングで帰ったとばかり思っていた。
焦ったように駆け寄ってきたジェフリーが、振り返ったセシルの両腕を正面からがっちりと掴む。
「セシル、お前家に帰らないのか? この馬車は一体……」
爵位を返上したセシルの父は、持病の療養のために自然豊かな王都の郊外へ移り住んだ。その際に元々邸宅としていた館も売却したが、セシルが郊外の館から研究所へ出勤するにはあまりに遠すぎる。
そのため現在のセシルは若者でも住みやすい集合賃貸にひとり暮らし中で、同じ区画に住むジェフリーとは帰る方向が一緒である。
何もなければ一緒に帰宅することや、時には共に夕食を摂ることも多いので、もしや今日もセシルを待っていてくれたのかもしれない。
だとしたら申し訳ない。約束をしていたわけではないが、セシルは今日も家に帰れない。明日、朝早くから王城で薬の製作をするからだ。
「え……アレックス殿下!?」
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