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店の前で裾の短いスカートをはいたお姉さんがたばこを吸いながら、ぼんやりとビルを眺めていた。白い煙を吐いては、またたばこを咥える。
何だかおもちゃみたいだ。
大人だけに許された遊び道具、うらやましくないと言ったらウソになる。
今は人通りが少ないけど、夜になると一気に人が増える。
窓から見ればすぐに分かる。子どものいる世界じゃない。
俺はよそから来たから、詳しいことは分からない。
前にいた町のことも分からない。だから、比べようがない。
自分のことを知りたいとは思わない。きっと大して変わらないだろうから。
「……何してんの」
「すみませんでした!」
机の下に同い年くらいの茶髪の男の子がいて、勢いよくお辞儀をしたと思ったら、すぐにその場を走り去った。
綺麗な制服、四角いカバンを見る限り、どこかの学校の生徒だろうか。
「おい、何騒いでんだ」
「別にー。変な奴がいただけ―」
「そうか。じゃ、引き続きよろしくな」
そういって、店長は奥に引っ込んだ。変な奴はこの町にたくさんいる。
腕や足がなかったり、まっすぐ歩けなかったり、どこを見ているのか分からなかったりしていて、おかしい奴らは大勢いる。みんな必ずどこかがおかしい。
だから、どんな奴が来ても、大体「変な奴」ですましてしまう。
けど、今日の奴はどれでもなかった。
多分、あれが変じゃない奴なんだろうな。
普通の奴、とでも言えばいいのか。
それなら、普通の奴が何でこんなところに来たんだろう。
いつのまに机の下にいたんだろう。ずっと見ていたはずなんだけど。
いくら考えても分からなかった。
「よう」
今日も普通の奴は机の下に隠れていた。
こいつは忍者か何かなのだろうか。
人の目を盗んで、店に入って勝手に机の下に潜る。
「いや、ちょっと待て。そのまましゃがんどけ」
似たような服を着た少年たちがあたりを探し回る。
どいつもこいつもとんでもなく図体がデカく、人相が悪い。
普通の奴は鞄をきつく抱えて、肩を震わせている。
「大丈夫だって。俺が見てる限り、こっちにゃ来ないよ」
奴らはしばらく辺りを探して、通りから姿を消した。
この町に流れる独特の空気に耐え切れなくなったらしい。
そもそも、ここはかくれんぼをする場所じゃない。
それを分かっているのだろうか。
「ほら、いなくなったぞ。大丈夫か?」
ゆっくりと深呼吸を繰り返してから、普通の奴は立ち上がった。
俺の視線は上に向いた。
「あれ、お前結構でかいのなー? 今気づいた」
「そういう君こそ、小さい……?」
「小さいとかいうな。好きでこんなのになってるわけじゃないんだぞ」
「あ、そっか。そういうことか」
ここがどういう場所か、やっと理解したらしい。
ここは亡霊区画、明るい未来を築くための実験場だ。
本当なら普通の奴が来るべき場所じゃない。
普通の奴は、亡霊区画を踏み台にして新たな希望を築けばいい。
『ここは亡霊区画だ。誰かが消えたところで気にもとめないよ』
みんなが呪文のように言っている。
だから、変な奴が一人消えたところで誰も気にしない。
「で、何で追っかけられてんのさ。何かやったの」
そいつはそっと目をそらす。何も話してくれない。
何も分からないわけじゃないと思うんだけど。
コイツだって、本当ならあんなのと関わりたくないはずだ。
俺だって喧嘩はしたくない。
殴られると痛いし面倒だし、何より問題が起きた時の店長がマジで怖い。
オバケに襲われたほうがマシなくらいだ。
「アイツらなら大丈夫だよ。
ここで悪さなんかしたらタダじゃすまされないしさ」
頭のおかしい奴らは頭のおかしい奴に任せておけばいい。
普通の奴は関わるべきじゃないんだ。
「俺はアオバってんだー。お前は?」
「……キリシマ」
「キリシマだな? よし、覚えたぞ」
キリシマは同い年くらいで、制服を着て学校に通っている。
普通のことをしているだけなんだろうけど、俺には縁のない生活だ。
だから、俺には分からない。
普通の奴があんなのに追いかけられる理由が分からない。
「ほら、こっち来いよ。裏口を教えてやる」
「いいの?」
「またあんなのに追っかけられても仕方がないからな。
おい、おっさん。こいつを外に出してくるから、しばらく頼んだ」
机で居眠りしている店長に声をかけ、裏口の扉を開ける。
ゴミ箱が並んでいる薄暗い通り、このまま抜ければ普通の奴が普通に過ごす世界に出られる。
「そこを曲がれば、商店街に出る。
カイバって名前のビルがある、知ってるだろ?」
キリシマは小さくうなずいた。
金持ちしか相手にしない偉そうな高層ビルにして、亡霊区画を監視する塔でもある。たまに呼び出されて、変な実験に付き合わされる。
時間を超えるとか新たな食糧を生み出すとか、全然意味が分からない。
明るい未来をもたらすために行っているとかなんとか言ってるけど、成功したことは一度もない。
「いつもすみません、勝手に隠れて迷惑かけてしまって」
「いや、俺もあんなの相手したくないから別にいいんだけどさ。
どうやって中に入ったんだ? 俺、ずっと見てたはずなんだけど」
「……」
「ま、変なことしてるわけじゃなさそうだし。別にいいよ。
そうだ、今度から声をかけてくれよ。いなくなるまで隠れてていいから」
少しだけ目を見開いて、すぐにそらす。
「ごめんなさい、本当に」
「謝らなくていいって、俺は気にしてないし。
ほら、見つからないうちに早く行けって」
キリシマはうなずいて、走り去った。
普通の奴がこんなところに逃げ込むなんて、何かがあるとしか思えない。
あんなに怯え切って隠れているなんて、信じられない。
学校で何が起こっているのだろうか。
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