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今日も平和だ。 変な奴らが大騒ぎして、警官に連れて行かれた。 後で変な実験をされて、元の場所に戻される。 亡霊区画ではいつものことだ。 店長はカイバのビルに行ったきり帰ってこない。 正直、いてもいなくても、大して変わらない。 ウチの商品を買う奴なんてめったにいないし。 俺は店長がいつも読んでいる新聞を眺めていた。 数年前の日付、ボロボロで変な匂いが鼻につく。 こんなのよく読めるな。俺には無理だ。 新聞をしまうと、店先の物を見ているキリシマがいた。 「こんにちは」 「よう、元気か?」 「元気だよ」 それ以来、奴は俺にあいさつしてから机の下に隠れるようになった。 毎日のように、アイツらがいなくなるまで待つ。 馬鹿な奴だよな。同じ場所に隠れていたら、いつか絶対に気づかれるのに。 「それ、マルフジ新聞だよね?」 「俺は知らないけど、そんな名前なの? これ」 「うちでとってるんだ。よかったら、見せてくれない?」 「これ、数年前のやつだぞ? いいのか?」 キリシマに新聞を渡す。新聞の名前すら知らなかった。 似たようなデザインが多いから、違いもよく分かっていない。 そもそも、どこから拾ってきたのか分からない。 「それ、なんて書いてあるの?」 「タイムマシンが壊れて行方不明者が出たって……結構有名な事故だけど」 「そんなのいつものことなんじゃないの? 実験が成功したことあるっけ?」 「ないんじゃないかな、多分」 「だよなー。俺もいつかはヘンテコ実験に付き合わされんのかなー」 今日もまた、ガラの悪い連中が来ている。 追いかけるのも慣れてきたのか、なかなか立ち去らなくなってきた。 そうだよな、ここまで来てるのは分かってるんだもんな。 見つかるまで時間の問題か。 制服をところどころ壊し、アクセサリーをじゃらじゃらとつけている。 そこにいる奴がいかに真面目に生活しているか、本当によく分かる。 「どーしたもんかなー……」 ここ以外にどこに隠せばいいんだ。 他の店に隠しても大して変わらないだろ。 いつかどうせ、絶対に見つかるんだから。 「お前さあ、そろそろ話してくれてもいいんじゃないの? 何であんなのに追いかけられてんの?  意味が分からないんだけど」 キリシマは新聞から顔を上げ、首を横に振る。 「そんなの俺にだって分からないよ。本当に何もしてないんだ。 向こうが勝手に絡んでくるんだ……」 「心当たり、本当にないんだな?」 「ない!」 力強く言い切った。 こんな気弱そうなヤツがあんなのに勝てるわけないか。 一人で立ち向かえないから、逃げ回ってるわけだし。 だから、目をつけられたわけか。弱いからいじめられる。 こっちでもそうだ、弱い奴から付け込まれる。 すっからかんになるまで絞り取られる。 学校でもそういう理屈が通っちゃうのか。 遠くにあった点と点が繋がってしまった。 気づいてはいけなかったかもしれない。 「なあ、そんなに学校って楽しくないの?」 「なんで?」 「お前、いつも追いかけられてるし。 ウチの店長が言ってたよ、お前んとこの学校は脳が足らんって」 キリシマは黙ってしまった。 あんなガラの悪い奴らがいるんだ、否定はできないか。 「学校はみんなと一緒に勉強したり遊んだりするところだって聞いたんだけどさ。よく分からなくなってきちゃった」 「俺も最初はそう思ってた。 楽しくやれればそれでいいと思ってたんだけど……」 口を開けたり閉じたり、何か言いたげにしている。 喉に何か詰まっているのか、言葉が出てこないようだ。 「店長は学校が嫌いっぽいし、俺は行ったことないんだ。 どんな場所なのかはよく分からないけど、お前を見ているだけでしんどいのは分かる。いつもあんなのに追いかけられてたんじゃ、やってらんないよな」 奴は再び黙ってしまった。 甲羅に隠れる亀みたいに、体をぎゅっと縮こませる。 俺から言えることは何もない。 学校のことは何も知らないし、知ったところで何もできない。 「大丈夫か? これでも食べるか?」 俺は冷蔵庫からお菓子を取り出す。 割と最近仕入れたから、問題ない。あとで会計すればいい。 冷えているうちは固まっているからいいけど、溶けてくると甘くてドロドロした何かが出てくる。歯がとれるんじゃないかってくらい柔らかくて、全然飲み込めない。 けど、何もないよりはいいだろう。 キリシマは冷蔵庫の裏に隠れ、お菓子の封を切る。 「これ、食べると口の中がすごいことになるよね」 「お、知ってんの?」 「俺は好きだよ、気軽に食べれるし」 お菓子をかじっている。 あんな嬉しそうにしているなら、次から仕入れておこうかな。 「ねえ、アオバはいつも何をしてるの?」 「俺? 俺は毎日、ここで店番してるんだよ。 ウチに物を買いに来る奴なんてめったにいないけど、店長はあんなだしさ。 さっきみたいなワケ分からんのもいるし、誰かいないと話にならんのよ」 「なんか楽しそうだね」 「そうか? 面倒だよ、ロクな奴いないし。 店長が何もしないから、俺が会計する羽目になってるし。 そのくせ、物を持ってくるから在庫も点検しないといけないしさ。 仕事してないのはどっちだよ、まったく」 「そんなことないよ、ここのほうがいいと思う」 初めて笑顔を見せた。 そういえば、いつも怯えているばかりで笑っているところは見たことがなかった。 「そんなに気にいったなら、俺の代わりに店番するか?」 「それじゃあ、君が代わりに学校に行くことになるんだね。 悪くないと思うよ」 「いや、俺じゃ無理だよ。何も分からないもん」 「ここの人たちのことが分かるなら、大丈夫だと思うけどね」 奴は最後まで楽しそうに笑っていた。 普段からそうやっていればいいのに。
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