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そうか、これは夢だ!
目が覚めると、すぐにふかふかとした感触に包まれているのに気付いた。こんなの私の知ってるベッドじゃない。いつも硬いソファーで寝ている私からすれば別世界そのものだ。なんて思いながら辺りを見回すと身に覚えのない部屋にいる。
年末帰省した実家の台所で、ネコ缶を思いきり踏んづけて転んだところまでは覚えているのだけれどそれ以降の記憶がない。
伸びをしながら欠伸をした瞬間、二つ目の異変に気付いた。私からは可愛らしい声が漏れ出ている。おかしい。私と言えば、そういうつもりはないのに普通に喋っただけで相手を震え上がらせるドスの効いた声をしていたはず。
「あ、あ、あー」
試しに何度かそう発してみた。自分で言うのもどうかしているけれど、鈴を転がすような声になっていて可愛い。
体を起こしやたらと豪華そうなドレッサーを覗き込んでみる。すると鏡の中にはつやつやの金髪ロングウェーブで、目鼻立ちは整っていて、青く透き通るような瞳をした人物がいた。
誰だろう。考えうる限りの変顔をしていると、それに連動して鏡の中では美少女が醜態を晒している。いやこの人もしかして私なんじゃないの?
どうしてこんなことになったんだろう。しばらく考えてみた結果、ようやく一つの結論に辿り着いた。あ、これ夢だ。つまり転んで頭を打った私は今頃、病院に搬送されている最中で生死の淵を彷徨いながらこの夢を見ている。
小学生の頃から地味だけが取り得の私がこんな姿になれるなんてなかなかあることじゃない。そうとわかればこっちのもの。死んでしまう前にこの世界を満喫し尽してやろうじゃない。
そう思い立ち鏡の前でくるくると回ったあといくつかポーズを取った。
それをひとしきり楽しんだあと、鼻歌とともにクローゼットをご開帳。中にはドレスばかりが掛けられていて、しかも人生で一度も着たことのない派手な色合いのものばかりだ。よし、冥土の土産としてここはフリフリのピンクドレスにしよう。
鏡でドレス姿を色んな角度でチェックしてうっとりする。段々と誰かに見て欲しい気持ちが高まっていくと、生まれて初めての承認欲求のようなものが芽生えてしまった。
「フィリアお嬢様、おはようございます。いつもながらお似合いですっ」
部屋を出た途端、今一番欲しい言葉が流れこんできていて、その声の主だろうメイド服姿の女の子が私に会釈をした。ここでの名前はフィリアでこの子は給仕で予想はしてたけど私はお嬢様なわけね。
さて、どんな振る舞いをすればいいのやらさっぱりだ。
「ありがとう。今日も一日頑張りましょうね」
この外見ならとりあえず笑っているだけでそれなりになるだろう。慣れない笑顔で頬をピクピクと痙攣させながら通り過ぎ階段を降りた。
それにしてもこの屋敷は広すぎる。どこかに見取り図でもあれば一目瞭然なのだけれど。そう思いながら長い廊下を歩いていると、キッチンらしき場所を見つけ誰かいないか覗き込んだ。
「おや……本日はお早いお目覚めですね?」
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