死にたい女と死なせない男

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死にたい女と死なせない男

 突然の背後からの声に私はと叫びそうになり、咄嗟に口を塞いで壊れたロボットのようにギギギと振り返る。 「お嬢様、驚かせてしまい申し訳ございません。朝食の準備を急がせますのでお部屋にてしばしお待ちを……」  まだ心臓が高鳴っている。そこには眼鏡を掛けたキリっとした長身の男性が気まずい様子で立っていて、黒い執事服を着込んでいることから使用人だろうことはわかった。これがもし変なおじさんだったら張り倒してるところだ。 「ええと、少し出てくるから朝食は結構よ。皆もいつも大変でしょう? 今日くらいはゆっくり過ごすといいわ」 「しかしそれでは我々の役目が……」 「いいからそうなさいなっ!」  渋る彼を強引に押し切り、逃げるようにして屋敷をあとにした。  外の空気は澄み切っていて、都会のそれとはまったくの別物のように思える。それもそのはず、この夢の中にはビル郡や自動車なんてものは見当たらない。だたあるのは森のみ。それはそれで不便そうなのは置いといて、どことなくファンタジー的な世界観に溢れている。  とりあえずこの森を行く。さすがに熊とか命を脅かすものが出てきたら逃げずに潔く死のう。それにしてもヒールは散策には不向きだったな。けれどそう思った時には結構な距離を進んでいて手遅れだ。  そういえばこの道はどこかの町とかに繋がっているのかな? というかそろそろ誰か人間と話がしたい。そんな風に人恋しくなっていると、茂みの方から動物のような低い唸り声が聞こえてきた。  続けてガサガサと音を立てながら四匹の狼が姿を現す。ああ、さすがに話し合うのは無理そうだ。まさか道半ばで夢が終わるなんて少し残念だけれど仕方ない。グルルと近づいてくる獣達をその場で座って待つことにした。 「大丈夫ですか、そこのお方!」  突然その声が聞こえてきた直後、進行方向から剣を持った男の人が躍り出てくると狼から私を守るように割って入った。 「あ、大丈夫です。どうせすぐ死ぬのでお構いなく」 「それはいけません。この僕が必ずお守りします!」 「助けたところで結局死ぬのでなんの意味もないですよ?」 「もしや不治の病……? そうだとしても、貴女のような麗しき女性が命を粗末にしてはなりません!」  どうやら話の通じない人のようだ。なにを言っても響かない、入社してすぐの新人みたいな人間ってどの世界にもいるんだな。面倒臭いから一旦死ぬのは諦めて従っておこう。  彼は真っ赤な髪を揺らしながら果敢に攻めたて、狼を一気に片付けてしまった。流れるように腰元の鞘に剣を戻すと、私の方に向き直りなんとも爽やかな笑顔を見せている。 「お怪我はないようですね。僕はライルと申します」 「私は厳島(いつくしま)、じゃなくて……フィリアです。助けていただきありがとうございました。それではご機嫌よう」 「お待ちを。せめてお送りしますよ!」 「いえ結構です。さようなら」  イケメンというやつはそもそものオーラが違うから別次元に思えて苦手だ。私は一礼すると来た道を早足で引き返し屋敷に戻った。
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