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「もしもし、美香?」
「もしもし、加奈子?どうしたの?」
「うん、その……なんか気になってさ。今どうしてるかなと思って」
「ああ、有難う。気にしてくれて。今は少し落ち着いたわ」
「そう。なら良かったけど。うざかったらごめんね」
「そんなことない。やっぱり、こういう時に友達から電話をもらえると、少しはほっとする」
「そう言ってもらえると、何だかこっちも救われた感じがするわ。雅人君は、私達にとっても、大事な仲間だったし。勿論、奥さんである貴女の方が何十倍も辛いのはわかってるけど」
「有難う。あたしたちのサークル、本当にみんな仲良かったもんね。浜野君なんかお葬式の時に、一番号泣してた」
「雅人君って、男子にも人望があったしね。本当に、なんでこんなことに……」
雅人君のお葬式から十日ほど経って、そろそろ落ち着いた頃かと思った私は、美香に電話をしてみた。
美香も雅人君も、高校時代に私と同じ美術サークルに所属していた同級生だ。美香が言ったように、私達は本当に仲が良く、卒業してからも、ずっと付き合いが続いていた。大学に入っても、社会人になっても、飲み会やら何やらと、しょっちゅう顔を合わせていた。昨年、美香と雅人君が電撃結婚した時には、サークルの同期全員が式に招待されたものだ。
その幸せな結婚からまだ一年ちょっとしか経っていないのに、雅人君は突然命を奪われてしまった。二週間ほど前のことになるが、交差点を横断中に、いきなり信号無視で突っ込んできた大型トラックに轢かれて、即死したのだ。
愛する人を突然そんな形で奪われたら、誰だって悲嘆のどん底に突き落とされるにきまっている。美香も、すっかり憔悴しているのは誰の目にも明らかだったが、それでも健気に喪主を務めていた彼女の姿に、私達の方が感動してしまったくらいだ。そこがまた一層、彼女の深い悲しみを感じさせる。
そんな状態の美香に、私が今から話そうとしていることは、かなりショッキングで、失礼と受け取られるかもしれない。やっぱり怒ってしまうかな。でも、言わなければ先に進めない。かなり緊張しながら、私は話を切り出した。
「あのね、美香」
「なに?あらたまって」
「うん……あなた、もう一度雅人君に会いたいと思う?」
「それはそうよ。まだ忘れられるわけないじゃない。会えるものなら今すぐにでも会いたいわよ!」
彼女にしては珍しく、強い感情を込めた声が聞こえてくる。
「そうだよね……うん、勿論そうだよね。わかった。あのね、美香。今から言うことは、あたしが美香のためを思って言うことだから、怒らないで聞いてほしいんだけど……」
「なに?言ってみて」
「うん。ちょっと突拍子も無い話なんだけどね。実はあたしの知ってる人に霊能者の人がいてね。いろいろと、その、“そういう類”の話を教えてくれるんだけどさ。その人から聞いた話で反魂の術っていうのがあるらしいの」
「ハンゴンのジュツ……?」
「そう。要は、亡くなった人を、あの世から現世に呼び戻す呪術のことなの」
「……まさか……」
「勿論、あたしも信じてるわけじゃないけど、何て言うか、美香にとって少しでも気休めみたいな効果があれば、と思ってさ。こう言ってるあたし自身が信じていないなんて、全くいい加減な話だよね。でも、失礼は重々承知なんだけど、もし、美香が希望みたいなものを持てるのなら、と思ったから……ダメ元で試してみる気があるなら、頼んでみる?」
「……うん。そうねえ……試してみてもいいかもしれない」
「わかった。でも、もう一度断っておくけど、あくまでもそんな方法があるという事が、あなたの気休めになればと思って言ってるだけだからね。悪いけど、うまくいくかどうか、結果については、全く保証出来ないから、そこはわかってほしいの。期待させて、かえってがっかりさせちゃうのは、あたしとしても心苦しいからさ」
「うん、わかってる。勿論、そんな話現実にはあり得ないことぐらい、よくわかってるわ」
「有難う。それなら、とりあえずその人に話をしてみる。ところで、もう納骨ってやった?」
「まだよ。ここに置いてある」
「良かった。実は、反魂の術には雅人君の遺骨が必要になるらしいの。ほんの少しでいいみたいだから、分けてもらえる?」
「……わかった」
「有難う。じゃあ、また連絡するね。美香、辛いだろうけど頑張ってね」
美香から遺骨を分けてもらってから、約一か月が経過した。
流石にずっと、無しのつぶてというわけにはいかないだろう。結果報告は、しなければならない。私は、重い口調で美香に電話をする。
「美香、やっぱり、駄目だったみたい。ごめんね」
「……そう、やっぱりだめだったのね」
電話の向こうで微かな溜息が聞こえた。
「美香、本当にごめんね。こんな話、持ち掛けなければ良かったわね。なまじ期待だけさせて、かえってがっかりさせちゃって、ごめんなさい」
「いいのよ。謝らないで。本当言うとさ、あたしだって、もともと信じていたわけじゃなかったのよ」
「まあ、それはそうだよね。だってこんな話、本気で信じろって言われても無理だと思うわ」
「そう。実際、本当にあの人が帰ってきたら、私だって困っていたかもしれない。だけど、何て言うか、夢を見ることが出来たわけで、その間は少し、落ち着いた気分にもなれたの。最終的には現実のものにはならなかったけど、やっぱりこれで良かったんだと思う」
「そう言ってくれると、私も救われるわ。美香って本当に出来た人ね」
「変な言い方だけど、私は貴女のおかげで、只でいい夢だけ見させてもらったのかもしれない。ちゃんと失敗の可能性もあるって断ってくれていたし、何よりも、あなたが私のことをあれこれと考えていてくれたのが、本当に嬉しかった。これからもよろしくね。有難う、加奈子」
「こちらこそ。美香、とにかく元気出してね。あたしたち、いつも応援してるからね」
良かった。有難うと言ってもらえた。反魂の術は失敗したのに、感謝の言葉までかけてくれて、美香って本当に大人で、出来た人だわ。
そう、本当に大人で、出来た人で、しっかりしていて……そういうところが昔から気に入らなかったんだけどね……
でもね、今、お礼を言いたいのはこちらの方なのよ、美香。
もともと、私は雅人君が好きだった。
ずっと昔から思っていたけど、結局言い出せないまま、何年も悶々とした思いを心の中に抱えているうちに、ある日雅人君は突然貴女と結婚してしまった。
その時の私の気持ちなんて、貴女は知らないでしょうね。
高校時代に雅人に初めて会った時から、私の“研究”は始まった。初めは、「雅人君を私に振り向かせる魔法みたいなものって無いのかな?」程度の、そう、いかにも他愛無い、少女めいた考え。せいぜい“おまじない”程度の興味。全てはそこから始まったのだ。
でも、おまじないは、“呪い”と書く。それは当然“のろい”に通じるのだ。おまじないから始まった私の“研究”は、どんどん範囲を広げていった。呪術関係の本をかたっぱしから読み漁り、私の本棚はたちまちそういう類の本でいっぱいになった。霊感を高めようとして、心霊スポットと呼ばれる場所に沢山行ってみたりもした。さらには伝手をたどって、実際に霊能力があるという人たちに会うことも始めた。私の知り合いに霊能者がいるというのは、本当なのだ。数年前、その中でも一番力のある人と繋がりを得た私は、色々な呪術関係の知識をその人から吸収してきた。実際、私はとても熱心な"生徒"だと誉めてもらえたくらいだ。
おかげで最近は、本当に呪術を使いこなすことが出来るようになってきた。例えば、人の心を読んだり、自分に好意を持ってもらったり、さらには意のままにコントロールすることさえ出来るようになった。そしてもっと“重い”術、そう、人を呪い殺すことも……
雅人君が死んだのは単なる事故じゃなかった。それは私の呪いの結果なのだ。
何故、大好きな雅人にわざわざ死んでもらったのかと言えば、それは勿論、彼を私一人のものにするためだ。生きている雅人の心を、私に振り向かせることも簡単だった。でも、彼が美香と結婚してしまっている以上、せいぜい一つの不倫関係が出来上がるだけだ。私はもっと、“完全に”雅人を自分一人のものにしたかった。だから、一旦死んでもらった後、反魂の術で私のところに戻ってきてもらう、という方法を思いついたのだ。
そう、反魂の術は、ちゃんと成功したのよ、美香。
半信半疑とは言え、貴女にはやっぱり雅人にもう一度会いたい気持ちがあった。だからダメ元でも試してみたいと思った貴女は、貴重な遺骨を提供してくれた。初めてやった術だけど、おかげで大成功だったわ。本当に有難うね。
ああ、今夜も彼が来てくれる。私の愛しい雅人。
今夜の雅人は、優しい雅人。彼の指先が、時間をたっぷりかけて私の身体を隅々まで愛してくれる、その繊細な手つきが待ち遠しい。昨日の雅人はと言えば、ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべながら、いきなり私を押し倒すと、強引に私の両脚を広げて、極限までいきりたったものを乱暴に突っこんできた。
そう、今やどんな雅人も私の思い通り。彼の心を振り向かせるおまじないに始まった私の研究は、心を自在にあやつる呪術も、とっくにマスターしてしまった。そして遺骨がある限り、雅人の肉体は反魂の術で何度でも呼び出せる。毎晩毎晩、色んな雅人が色んなやり方で私を抱いてくれるの。こんな快楽、もうやめられるわけがないわ。
雅人は永遠に私のもの。これからもずっと、私はこの気が狂いそうなくらいの歓びを、全身で味わい尽くしていくの。うふふふふふ。あはははは。ギャハハハハハハ……
「ひひひひひひ、ヒャハハハハハハ……」
窓の向こうからは、けたたましい笑い声がまだ聞こえている。聞いているこっちが気が狂いそうになるくらいだ。
「もう、いいですか?」
白衣の担当医の声に、呆然としていた私は我に返る。
「はい。有難うございました」
吐きそうになりながら、私は何とか声を絞り出した。窓越しに見えた、あの悍ましく、浅ましい姿。張り出した頬骨の真上でギョロギョロ蠢いている二つの目玉。ざんばら髪を振り乱し、楽しげに口角を吊り上げながらも涎を流し続けている口から吐き出される、気狂いじみた笑い声。
「一応今回は、窓越しの面会を許可しましたが、御覧の通りの状況です。あまり患者さんを刺激したくないので、暫くは面会の方もご遠慮頂きたいと思います」
私の右側を歩きながら、担当医が淡々と告げる。
「大丈夫かね、美香ちゃん」
一方、私の反対側に寄り添うように歩きながら、僧形の初老の男性が、穏やかな声をかけてくれる。
「はい、大丈夫です。こんな所にまでお付き合い頂いてすみません、ご住職」
加奈子の入院する精神科の病棟を足早に退出した私と住職は、総合病院の広い敷地の中を、出口に向かって歩き始める。
「本当にすみません。何から何までご迷惑をおかけしてしまって」
「構わんよ。わしも当事者だからな。一度この目で加奈子さんとやらのご尊顔も拝しておこうと思っておったのさ」
加奈子からあの電話をもらった時は、雅人の葬儀から間もない頃で、つい、反魂の術を行うことに同意してしまった。だが、落ち着いて考えると、何だか自分がとんでもないことを依頼してしまったような気がしてきたのだ。
段々怖くなってきた私は、代々お世話になっている菩提寺の翔雲住職に電話した。助言を求める為だが、反魂の術を行うことに同意したと伝えた瞬間、雷のような声でこっぴどく叱られ、今すぐ寺に来いと怒鳴られた。
何が何やらわからぬまま、ともかく住職の声にびっくりした私は、慌ててお寺に駆け付けた。私を迎えた住職は、電話とは打って変わった穏やかな調子で、しかし、じっくりと、反魂の術なるものが如何に罰当たりで、罪深い所業であるか、順々と諭してくれた。そのようなやり方で雅人が帰って来ても、決して私も彼も幸せにはなれないこと、そもそもそこに帰って来る者は肉体は雅人であっても、それは雅人ではなく、もはや人間とも呼べない、魂の抜け殻のような存在であること。言われてみれば、全てが至極当然と思われた。何故、自分があんなに簡単に加奈子の話に乗ってしまったのか、不思議な気がした。
今やすっかり目が覚めた私に向かって、住職はてきぱきと指示を与えた。まず、一両日中に、住職の方で雅人の”偽の”遺骨を作るから、加奈子には、それを渡す。その後は、加奈子からの連絡を待つ。暫くすると、おそらく、加奈子からは失敗だったとの連絡があると思うから、その時は、少しがっかりしたようなそぶりを見せながらも、大人しく結果を受け入れて、その後はこちらからは一切、連絡しないこと。
私は全て言われたとおりにしたが、偽の遺骨を加奈子に渡した後は、眠れない夜が続いた。見破られたらどうしよう。加奈子の怒りを買って、呪いでもかけられたら……不安でたまらない日々だったが、今は住職を信じるしかない。そうこうしているうちに、加奈子から”失敗だった”という連絡をもらった時は、思い切り安堵した。やっぱり、住職の言った通りになった。
ところが、それから約二ヶ月後、全て忘れてしまおうと思っていた矢先、サークルの同期の浜野君から連絡があった。
加奈子が精神科に入院しているというのだ。相当重症らしい。それを聞いた私が住職に連絡したところ、一緒に面会に行こうという話になったのだ。
「あの時ご住職に電話していなかったら、私も罰当たりな行為に加担する結果になっていたんですね」
「本当によく電話をくれたね。これも御仏のお導きだろう」
ゆっくりと歩を進めながら住職が大きく頷く。
「とにかく、反魂の術なんてものを真面目に持ちかけるなんて、それだけでとんでもない輩だということが分かった。美香ちゃんの大切なご主人の遺骨をそんな罰当たりな行為に使わせる、しかもあんた自身がその片棒を担ぐなんて、そんなことは絶対にさせられないと思ったよ」
「有難うございます」
住職の言葉に涙が出そうになった。そこまで自分のことを守ろうとしてくれた人がいることが、ただ只管有難かった。
「ところで、ご住職。あの偽の遺骨って、何か仕掛けみたいなものがしてあったのでしょうか?」
「……仕掛け?はは、まあ、あんたは知らなくていいよ。そこから先はわしの仕事なんだから」
「……はあ、でも……」
「知らないと夜も寝られないかな?じゃあ、教えてあげよう。あれは、ただの炭だよ。材木を焼いたあとに出来る、普通の炭を少し加工しただけさ」
「えっ?ただの炭なんですか?」
住職の予想外の言葉に、私は、驚いてしまった。
「私は、また、てっきり、ご住職が何かのご祈祷をして作ったものかと思いました」
「なんでそう思ったの?」
「だって、加奈子があんなになったのは……ご住職が罰を与えてくれたからじゃないんですか?」
思わず、はっきりと口に出してしまった。もはや人間とは思えないくらいの加奈子のあの様子は、どう見ても、何かの天罰の結果のように思えたのだ。
「それは違う。天罰はあくまでも神仏が与えるもので、我々人間がそれを与える立場には無い。人間が誰かに天罰を与えるなどというのは、甚だしい思い上がりであり、それ自体大きな罪とも言える」
住職の言葉は確かに正しいと思った。だが、それだけでは、私の気持ちは割り切れなかった。大切な雅人をいきなり奪われた私の気持ちは……。面会の際にゲラゲラ笑いながら加奈子が喚き散らしていた言葉が、狂人の戯言ではなく、真実だとしたら、私は絶対に許せない。
「でも、やっぱり、雅人は自分が呪い殺したとか、反魂の術が成功して、毎晩雅人が自分のもとにやって来るとか……そんな言葉を聞かされた私としては、どうしても許せません。もし、加奈子の言うことが本当なら、私はやっぱり彼女に対して」
「そこまで。みなまで言うな、美香ちゃん」
住職が重々しい声で私の言葉を遮った。
「あんたの気持ちは痛いほどわかる。だが、怨みや復讐心を持ってしまうと、あんたの中に闇が生まれる。それは良くないことだよ」
少し悲し気な顔をしながら住職が言葉を続けた。
「美香ちゃん、あんたのご主人が亡くなられたのは、不幸な事故だった。加奈子にも大した力は無かった。無かったのに、反魂の術などというものに遊び半分で手を出して、なんの意味も無いただの消し炭を使って呪術の真似事を行った挙句、実際に雅人さんが自分の所に戻って来たような妄想に陥ってしまった。あとは拡大する妄想と情欲に自ら呑み込まれ、勝手に自滅しただけのこと」
「……ご住職には、加奈子の運命が分かっていらっしゃったんですね」
私の言葉に住職は頷いて見せた。
「そう。わし自身は、直接に何かをする立場には無い。だが、あのようなことを行う輩は、いずれ自らの欲や驕りに溺れ、自滅の道を歩むことになることは分かりきっていた。だから、偽の遺骨を与えるだけで、遅かれ早かれこのようになることは、見えておった。結局は自業自得さ」
「わかりました。さすがはご住職ですね。本当に有り難うございました」
私達はちょうど病院のゲート前まで来ていた。
「さて、わしはちょっと、ここで失礼するよ。別の病棟に用事があってね」
「え?あ、これからご用事があったんですか?お忙しいところをすみません。どちらの方ですか?」
「うん。内科の方にね。ちょっと検査を受けなきゃならんのでね」
「検査?」
何やら不安な気持ちになる。
「いや、大したことじゃないから心配しないで。じゃあ、美香ちゃん、元気でな。まだまだ乗り越えなきゃならんこともあると思うが、気を強く持つんだよ。必ず神仏のご加護があるからな。何かあったら、またいつでもおいで」
「本当に有難うございました。ご住職もお元気で」
住職は、ゆったりと別の病棟に向けて歩いて行った。その後ろ姿をぼんやり眺めながら、私は物思いに耽る。
私としては、まだひっかかるものがあった。住職は何故、わざわざ偽の遺骨を渡すことにしたのだろうか。
反魂の術は確かに罰当たりな話だろう。それにしても、私が電話した時に「すぐに断れ!絶対に遺骨は渡すな!」と言って断らせればいいだけではなかったか。何故、わざわざ偽の遺骨を作って加奈子に渡させたのだろう。
やっぱり、住職はあの遺骨に何かを施していたのではないか。加奈子を騙し、さらには破滅へ導くような念のようなものを。
加奈子には、やはり力が有った。雅人も彼女の呪いで死んだのだ。本当に只の消し炭なら、直ぐに見抜いただろうし、反魂の術も、やれば成功させられただろう。
そんな加奈子をのさばらせておけば、いずれこの世の中にもっと多くの災いを生むことになる。彼女は今すぐ、絶対に”止めなければ”ならない。でも……
(天罰はあくまでも神仏が与えるもので、我々人間がそれを与える立場には無い。人間が誰かに天罰を与えるなどというのは、甚だしい思い上がりであり、それ自体大きな罪とも言える)
住職の言葉を思い出す。
だが、どうしても加奈子を放置するわけにはいかない。だから住職は禁を犯し、つまりは人間の手で天罰を下すという罪を自分一人で被ってまで、彼女を破滅させたのではないか。そして、罪を犯すことは、罰を受けることも意味する。
(ちょっと検査を受けなきゃならんのでね)
「ご住職様……」
私の目から、涙が溢れてきた。あとからあとから溢れて止まらなくなった。
[了]
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