愛しいあなた

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 ああ、愛しいあなたに逢いたい。  その瞳に私を一瞬だけでも写してくれたらそれだけで、私は今にも天に昇る気持ちになれる。    そんな確信をあなたにはじめて逢った時から抱いている。しかし、悲しかな。私とあなたはとても遠い距離にいる。物理的にも心理的にも、だ。 「ああ、どうしたら逢えるのかしら」 「……ねえ、姉ちゃん。それ、何百回目の台詞だよ。そんなに会いたきゃ新幹線か飛行機で一飛びだろ」 「うっさいわねぇ!あんたにこの私の繊細な乙女心がわかってたまるか!」  私が愛しいヒトを想像していると、想像していた場所が悪かったからか、愚弟の容赦の無い言葉が飛んでくる。  本当はわかっているのだ。私の愛しい相手は、私に……いや、に興味がないことを。  あのヒトと出逢ったのは、私はまだ一人っ子で愚弟も居なかった。家族からも親戚からもお姫様のように大事にされていたのだ。  だから、誰もが人間以外も含む誰もが私の機嫌を取ろうと媚びへつらう存在なのだと、幼い頃は素直に信じていた。  しかし、たまたま両親が愚弟の産まれる前に、と三人で家族旅行へと連れていってくれた時に、私は運命に出逢ってしまったのだ。  その運命とは、「ゆるキャラ」だ。本当は立派な名前があるのだが、愛しい方に迷惑はかけたくない。そんな乙女心から、周りにはただひたすらとある地方のゆるキャラなのだ、とだけ告げている。 「毎回思うけど、ソレって単なる推し活……」 「違う!そんな生易しい愛じゃない!」 「え、推し活が生易しい愛って……どういう思考回路してたらそんな認定になんの?」  また愚弟が容赦のない言葉を浴びせてくる。だって、愛しい人は南に、私は北に暮らしているのだ。SNSや動画サイト、誰か著名人の本に写真や一文字でも紹介されていれば少ない小遣いや図書館を駆使して愛でる日々なのだ。  私に財力さえあれば、愛しい人の地域へと即座に引越し、その地域の一員として税金を納めるのもやぶさかでは無いのだ。 「でもさー、姉ちゃん。あんなの所詮着ぐるみじゃん。しかも、好きになった理由が自分を特別扱いしなかった、ってどこのライトノベルよ?」  何やら愚弟が人を痛ましげに見ているが、仕方ないだろう。本当に本当にあの頃は周りが私のご機嫌によって右往左往し、子供らしいお願いの範囲なら何でも叶えてもらえるのが当たり前。  多分、愛しい人に出会えなかったらきっと愚弟を憎んで今、このようにバカな会話も出来ないくらい可愛がられていたのだ。  私がはじめて特別扱いされない衝撃を受けたのは、私が子供らしく握手とかハグを求めに行った時に先に並んでいる子を無視して、近寄ったら容赦なくあっちへ行きなさいと手で追い払われ、そうして先に並んでいる子にスペシャルサービスをしている姿を見た時だ。  昔はそんなことされたことなく、いつも「しょうがないなぁ」って周りが許してくれて、何時でも一番だった。  だから、ショックで大泣きし両親がオロオロしていると、丸いシルエットが近付いてきて、頭をポンと優しく一撫でして、私を抱きかかえて写真に写ってくれたのだ。  あの時の順番を守る大切さ、他の人を思いやる大切さ、そして自分が泣かせてしまった子供に対する優しさがいつまでも忘れられないのだ。  その一方で、サンタクロースが居ないって話しと同様に愛しい人の中には、あの時とは別人が入っているハリボテだ、ということも充分理解している。  愚弟に言われずとも、バイト代で会いに行こうと思えば行けるし、地域の物産展とか催しなどを積極的に行っているのだから、ここにもそのうち会いに来てくれる。頭では、わかっているし、ほとんど大人になりかけている自分が冷静にそろそろ卒業したら?ってたまに声をかけてくることもある。  それでもまだ、子供で居られるうちはこの想いを持った持ったままでも許されるだろう。  数年前に成人は18歳からとなった。ならばあと、ほんの1、2年で子供では法律上は無くなる。その時に愛する人が私を覚えていなくても、きっとこの想いを訣別……区切りをつけるためにやっと会いに行こうと決心ができる。  なんて、愚弟も両親も私の決意を知らずそして、私自身も新しい運命の恋を見つけることになる。そんな予想もしていない再会の旅路になるなんて想像せず、ただあなたに逢いたいと今日も一人夢想する。
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