転生したけど、没落回避とか全くする気がありません。

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 私は月並みの人生を送りたい。思い出せていないのかもう二度と思い出す事が叶わないのかは分からないけれど、前世の私がなぜ引きこもっていたのか、引きこもっていた時以外の事は分からない。  でも、引きこもっていた間の虚無感、人間として壊れているという感覚ははっきりと覚えている。前世の私がいつどうやって死んだのかも分からいけれど、あんな人生はもうごめんだ。私はもう、落伍者にはなりたくないし、かと言って成功者にもなりたくない。  だから私は、普通に生きたい。普通に外を歩いて、普通に人と話をして、普通に――恋をしてみたい。  ……なんて、あんまり面白くない話をしちゃったかな。  これが本当に悪役令嬢転生ものの物語なら、ハチャメチャ面白可笑しい喜劇であってくれたらいいと思ってるんだけどね。  さて、気を取り直して喜劇を再開しましょうか。  早速だけどドキドキである。  前世で引きこもりだった私が、自分から人に声を掛けに行くのだ。そりゃあもうドッキドキよ。とはいえ今の私は超ハイスペックの幸宮祈里(ゆきみや いのり)様なのだ。意識せずとも自然と幸宮祈里として振る舞える今の私に敵はない。何が敵かは知らんけど。  だから静まれぃ、私の動悸!  外面は動揺などおくびも出さずに優雅に歩く。見よこのスペックを。中身は最高にチキンですけどね!  などと考えながら、私は華麗で優美な足取りで目標の人物の背後へ歩み寄る。  何故前から行かなかった私! 前方から近付けばそれだけで気付いてもらえるかもしれないじゃないか。こう、いかにも目立つ歩き方もしているんだし。  カツカツと足音を鳴らしながら歩く先、目標の彼女は帰り支度をしていたようで、まだ自席に座っていた。だが私が近付くと気付いてくれたようで、こちらを振り返ってくれた。  なんと僥倖。話し掛けるチャーンス。 「立瀬(たつせ)さん、よろしいかしら?」 「あら、幸宮さん。どうしたの?」 「いえ、これから部活動の見学に参ろうかと思っているのですが、ご一緒にいかがかなと思いまして」 「私と?」 「ええ。ああ、でも他にご用事があるのでしたら構いませんわ」 「いいえ、私は大丈夫よ。でも、本当にいいのかしら」 「どういう意味です?」  立瀬さんは目を点にして私を見つめてきた。え、もしかして分かってないのとでも言いたげに。  なんのこっちゃかと思っていると、立瀬さんはおもむろに周囲を見回した。釣られて、私も周りを見てみる。  するとどうだろう。教室に残っていた人たちの多くが私の様子を窺っていたようで、私が見た瞬間に目を背けてしまう。 「あの幸宮のご令嬢と楓翔院(ふうしょういん)のご子息が話に華を咲かせているんだもの。みんな注目するわよ」  ああ、そうか。そうだよね。まだ自覚が足りていなかったみたいだ。今の私は幸宮祈里なんだもん。そういう目で見られるのは当然なんだよね。  ただ、立瀬さんに話し掛けようとするだけでバックバク鳴ってた私の心臓は、そんなみんなの視線を自覚しても特になんともならなかった。と言うか、存外どうでもよかった。この辺はきっと、そういうのに慣れてる幸宮祈里のお陰なんだろう。やけに冷めてるなとは自分でも思うけど。 「そんな幸宮さんのお供が私で、本当に大丈夫?」 「ええ、もちろん」  なんだ、そんな事かと私はまだあんまりない胸を張った。いや、この身体将来は凄いんだから見てなさいよ。 「私が最初にお友達になりたいと思ったのはあなたですもの。入学式の後、話し掛けて頂けたのが嬉しくて。……ご迷惑、でしたか?」  これは打算も思惑も何もない本心だった。前世を思い出したあの瞬間、心配げに話し掛けてくれたのが嬉しかった。だから、彼女とは友達になりたい。 「いいえ、光栄だわ」  スッと彼女は立ち上がって、ナチュラルに手を差し延べてくる。 「改めまして、立瀬純花(すみか)よ。純花でいいわ。よろしく」  中性的な顔立ちも相まってやたらイケメンに見えてしまって、私は嬉しさと恥ずかしさで顔が赤くなるのを感じながら、 「……幸宮祈里です。よろしくお願い申し上げます。こちらも祈里で構いませんわ」  純花と握手を交わす。  私はこうして、転生して初めてのお友達作りに成功したのである。
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