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暴風で始まる話があったっていいじゃないか。
わたしは常々そう思っていたから、迷いもせずに扉を開けた。たちまち、強い風が吹きつけて、わたしの髪をくしゃくしゃとなでていった。一つ上の階にある、彼女の部屋を目指していた。毎朝、彼女を迎えに行くことは大学生活がはじまり、寮生活がはじまって以来の習慣だった。
南向きの外階段にも風が吹きつけている。雨の日も雪の日も、この階段を駆けのぼった。時おり、不安が頭をもたげ、踊り場でダンスをはじめる。日々の生活、友人関係、将来のこと、獏とした不安はみごとなリズムでステップをきざむ。彼女は生来の心配性であるわたしにとびきりの笑顔を向けて、そんなこといいからさ、なにかおいしいものでも食べに行こうよ、などという。
彼女の部屋の扉を開ける。鍵がかかっていたことなんてない。彼女は台所に立っていて、のんきに朝ごはんの用意をしている。
「ちょっと、なんで行く用意してないの? また遅刻しちゃうよ」
わたしはつい、語気を荒げてしまった。強い物言いは弱さだと思う。わたしは彼女との関係すら不安に思っているのだった。彼女はやっぱりわたしに笑顔を向けた。この部屋だけ、ひなたみたいだ。
「休校の連絡、見てないだろ、みさきィ」
そう言って、彼女は壁に触れる。
「磁気嵐が来てるんだ。星間モノレールだって動いてないよ」
壁一面に朝のニュース番組が映し出される。わたしたちが暮らす第十三都市をバックにアンドロイドがニュースを読み上げている。
「そうなんだ。だって、きのうはバイトから帰ってきて、すぐ寝ちゃったんだもの」
言い訳のようなものをつぶやきながら、手を宙にかざし、パーソナルデバイスを立ち上げる。彼女の言うとおり月大学(ルナ・カレッジ)からメッセージが入っていた。
「ニュースくらい見ろよな、みさきィ。今回のは辺境恒星で発生したものだからかなりでかいんだってさ。二、三日はルナ中のインフラがダウンだよ」
彼女はフライパンを火にかける。最近お気に入りだという培養肉のベーコンと皮つきのじゃがいもが香ばしい脂の中でメイラード反応を起こしはじめる。
わたしは観念して部屋の真ん中にある小さなこたつにもぐり込む。彼女はわたしの背後にひざ立ちになって、わたしの髪を手ぐしで整える。髪を結ってくれるのだ。
「外、寒かったろ。髪がくしゃくしゃだ。寝起きの天使みたい」
たとえば、髪を結う。爪を切る。歌を歌う。人間の営みはめったなことでは変わらないのかもしれなかった。
「さて、たまのバカンスだッ、なにしようか」彼女が言う。「その前にまずは腹ごしらえだね」それから、ちょっとわたしの唇を吸った。
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