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人形遊び
人の迷惑を顧みず、刑事はひとしきり持論を述べ帰っていった。
刑事も十分わかっている、全て状況証拠だ。彼女がストーカーの影に怯えていたという証言はあっても、証拠はない。俺は被害者と面識があり、二人の逢引の場所を知っていた可能性は高い。しかし、証明はできない。だから、捜査上の秘密を敢えて漏らし、揺さぶりをかけているのだ。これからも執拗にまとわりつき我慢比べするつもりなのだろう。だが遅い。もう遅いんだよ、刑事さん。
時間は十九時を過ぎている。所長は業務を切り上げ、深夜勤務に切り換えている筈だ。
「こんな時間に? 明日じゃいけないの?」
「今夜でなきゃ駄目なんだ」
どうしても会わなければならない用事があると両親に告げ、バイクで仕事場へと向かう。
守衛室で軽く挨拶を交わし事務所に向かう。所長は時間外の電話には出ない。守衛は疑いさえしない。
事務所に所長の姿はなかった。工具箱からトーチバーナーを取り出しポケットに入れる。
刑事の仮説では、二人が逢引する場所を知っていた人物が犯人だ。
事件の捜査が始まったころ、俺は既に東京で部屋を構えていた。刑事が二度訪ねて来はしたが、何の収穫もなく帰って行った。
窓のない白い廊下を進む。
刑事は云った。
『彼女には情交の痕跡がありました』
あのとき彼女は、薄暗い倉庫の中で確かに微笑んだ。中田が戻ってきたと思ったのだ。しかし顔を確認したとき、奇妙なものを見たような、困惑の眼差しへと変った。
なぜ俺を選ばなかった? 俺を選んでさえいれば、全て上手くいったのに。誰も傷つくことはなかった。君の何気ない選択ひとつで、俺達は今ここに居る。
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