人形遊び

1/2
7人が本棚に入れています
本棚に追加
/19ページ

人形遊び

 人の迷惑を顧みず、刑事はひとしきり持論を述べ帰っていった。  刑事も十分わかっている、全て状況証拠だ。彼女がストーカーの影に(おび)えていたという証言はあっても、証拠はない。俺は被害者と面識があり、二人の逢引の場所を知っていた可能性は高い。しかし、証明はできない。だから、捜査上の秘密を敢えて漏らし、揺さぶりをかけているのだ。これからも執拗(しつよう)にまとわりつき我慢比べするつもりなのだろう。だが遅い。もう遅いんだよ、刑事さん。  時間は十九時を過ぎている。所長は業務を切り上げ、深夜勤務に切り換えている筈だ。 「こんな時間に? 明日じゃいけないの?」 「今夜でなきゃ駄目なんだ」  どうしても会わなければならない用事があると両親に告げ、バイクで仕事場へと向かう。  守衛室で軽く挨拶を交わし事務所に向かう。所長は時間外の電話には出ない。守衛は疑いさえしない。  事務所に所長の姿はなかった。工具箱からトーチバーナーを取り出しポケットに入れる。  刑事の仮説では、二人が逢引する場所を知っていた人物が犯人だ。  事件の捜査が始まったころ、俺は既に東京で部屋を構えていた。刑事が二度訪ねて来はしたが、何の収穫もなく帰って行った。    窓のない白い廊下を進む。  刑事は云った。 『彼女には情交の痕跡がありました』  あのとき彼女は、薄暗い倉庫の中で確かに微笑んだ。中田が戻ってきたと思ったのだ。しかし顔を確認したとき、奇妙なものを見たような、困惑の眼差しへと変った。  なぜ俺を選ばなかった? 俺を選んでさえいれば、全て上手くいったのに。誰も傷つくことはなかった。君の何気ない選択ひとつで、俺達は今ここに居る。
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!