小林さんとお母さん

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小林さんとお母さん

 よく朝、沸騰したおかげでお鍋の焦げは大分浮いていて、柔らかいスポンジでそっとこすると元通りの綺麗なお鍋に戻った。  洗濯機を回して、お洗濯物は3階なので狭いながらもベランダへ。  下着は流石に室内干しにするが、他の物はお日様で乾かしたい。  お洗濯を干している時に、たまたま小林さんがベランダに出てきた。 「おはようございます。昨夜はありがとうございました。部屋の臭いもお鍋もばっちりでした。」  菜々がそう言って挨拶をすると、小林さんは朝が弱いらしくぼぉっとした感じで 「おはようございます。それはよかったわ。」  と、言って、大きく一つ欠伸をしながら伸びをして 「じゃ、気を付けて行ってらっしゃい。」  と、部屋に戻って行った。  菜々は学校に遅れないように急いでパンとカップスープの朝ごはんを済ませて大学まで徒歩10分の道を歩いて行った。  小林さんはベランダに肘をついて、元気よく歩いていく菜々を見て嬉しそうな顔をして、『ほうっ』と溜息をついた。  学校にも慣れた7月。もうすぐ大学は夏休みに入るが、菜々はとりあえず9月にある前期試験の勉強を少ししてから実家に帰ろうと思った。  久しぶりに母親に電話をして帰宅は8月のお盆頃にすると伝えた。  母は、学校が休みなんだったら、一度菜々のマンションを掃除もしたいし、その近辺の様子も一緒に見たいから菜々の所に行ってもいいかと聞いてきた。  菜々はあのお鍋焦がし事件以来、2週間に一度くらいの割合で、日曜日に小林さんを訪ねて、お料理のコツや、小説の話などに花を咲かせていた。  そんな細かい報告も、家で父親の前なんかじゃなくて、母と二人の方が話しやすいと思い、菜々は母には来るのは全然いつでもいいけど、お隣の小林さんにお世話になっているので、何か手土産を買ってきてほしいと頼んだ。 母「あら、そんな年配のお友達ができたの?女性だけのワンルームマンションだから若い子しかいないと思っていたわ。」  そう言いながらも、手土産の件は気持ちよく了承してくれて、8月に入ってすぐ位に母は菜々のマンションに遊びに来た。  そして、まずはご挨拶をと小林さんの家に二人で尋ねていった。  ドアフォンを鳴らすと、いつもだったら直ぐに出てきてくれる小林さんが、 小林「はーい。」  と、言った切りしばらく間を置いた。  そして、何か思い切ったような顔つきで、玄関のドアを開けてくれた。 母「こんにちは。いつも娘がお世話になっています。」  菜々の母が、そう言いながら菓子折りを渡そうとして、小林さんを見て・・・固まった。 母「あなた。なんで隣に・・・・・」 小林「ごめんなさい。先にお話しておこうと思ったのだけれど。まさかこんなに親しくなるなんて思ってもいなくて。こちらの大学に来るって聞いてしまったら、どうしても菜々ちゃんに会いたくて。大学の近くに引っ越したら、偶然おとなりに菜々ちゃんが引っ越してきて。」  母と小林さんの会話を聞いて一瞬訳が分からなかった菜々だったが、ピンときた。 菜々「ねぇ、お母さん。小林さんってもしかして、本当のママ?」 小林「え?菜々ちゃん、知っていたの?」 菜々「あぁ、お母さんが私を産んでいないってことはもう小学生の頃に聞いてました。うち、みんな仲がいいし、本当のことを言ってもあまり関係ないかなって。で、今のお母さんの動揺と、小林さんのお話と、小林さんのペンネームでわかっちゃいました。」 小林「黙っていて、知らん顔して会っていてごめんなさい。もし、知らなかったらと思うと、本当の事も言えなくて。」 菜々「うわぁ、ねぇ、お母さん。すごいね。産んでくれたママとも会えていたなんて。」 母「あ、えぇ。まぁ。そうね。あなたが傷つかないような形で出会えてよかったわ。私も電話でしか小林さんには連絡していなかったし。  ところで、ペンネームって何?」 菜々「あのねぇ、小林さんはう~ん、もうママでいいよね。ママは作家さんなの。で、ペンネームが『菜々』で、私は同じ名前の作家さんだから気になって前からよく本を読んでいたのよ。」 母「まぁ!そうなの?あの、もしよかったらちょっとおちついてお話したいですわ。あなたが家を出なければいけなかった理由についてもこの際だから菜々にも知ってもらいましょう。」 菜々「だったら、うちに来てもらったら?突然お邪魔するのも何だし、うちはお母さんが今日掃除してくれたし。」 母「あ、そうよね。小林さん、もし今、お時間よかったら菜々の部屋に来てくださいな。」 菜々「うふふ。実はいつも小林さんの家にお邪魔ばっかりして、うちにお招きはしていなかったの。」 母「あら。いつも散らかしていて、お呼びできないのね。あなたったら。」 小林「ふふっ。本当にしっかり親子になられて。よかった。すごく嬉しい日だわ。もちろんお邪魔させていただきます。」  
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