ママとお母さん

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ママとお母さん

 菜々の部屋に移動した3人は、小さな台所のテーブルに座った。  小林さんは嬉しそうに菜々の学生らしい明るい色調の部屋を眺めている。  菜々がお茶を入れて、出した。    母親は、お茶を飲んで 「あら、美味しい。」  と、感想を。 「小林さん、あ、ママにお茶の入れ方も教わったの。家では何時もお母さんにやってもらっていたから。」  と、菜々。 母「あらあら。本当にすっかりお世話になってしまって。ちょっと甘やかして育てすぎたと思っていたんですよ。つい。。ね。」 小林「いいえ。とても明るくて素敵な娘さんですわ。育ててくださった佐々木さんのおかげです。大学に受かった話をお電話で聞いた後、大学の近くに引っ越して、ただただ、一目見られればいいと。もしかして、会えて話なんてできたら嬉しいなんて高望みをしていたんです。そうしたらお隣に引っ越してくれるなんて。  ついつい余計なお世話をして。ずるずると仲良くなってしまって。黙ったままで会っているのは心苦しかったんですけどね。」 母「そうだわ。奈々。良い?小林さんはじぶんから進んで出て行ったわけじゃないのよ。お父さんの前ではあまり話しづらくてね。おばあちゃんのしたことだから。」 菜々「うん。聞きたい。良いのかな聞いちゃって。ママは?」 小林「えぇ。お母様から聞くのが良いと思うわ。私が話すと私情が入ってしまうと思うし。」 母「あのね、小林さん。いいえ菜々のママは菜々を生んだ後、体調が悪くてね。元々あまり身体がお丈夫ではないのよ。でも、赤ちゃんがお腹にいるってわかった時には死んでもいいから産むって言い張ってね。私はママとは学生時代からの友達でね。お父さんの事も良く知っていたから菜々が産まれた後にしばらくの間お手伝いさんとして佐々木家に行っていたの。」 菜々「おぉ。じゃ、二人は元々お友達なんだ。」 母「えぇ。それで、まぁ、おばあちゃんって菜々も知っている通り気が強い人でしょう?ストレスもあってママのおっぱいが出なくなってしまって、その上布団からも中々出られなかったママの事を『役立たず!』って言ってね。まだ起きられない状態だったのに、家を追い出したのよ。  それで、お母さんの事も昔から知っていたので、おばあちゃんの希望もあったし、お父さんは菜々のお世話に困ってしまってね。  お母さんはそのまま菜々のお母さんになってほしいってお父さんから言われてね。何にしても菜々の事はものすごく可愛かったし、本当のママが出て行ってしまってお世話ができるのは私だけだったし。」 菜々「ちょっと待ってよ。そんな状態のママを追い出した時にお父さんは何も言わなかったの?それにお母さんにも失礼だよ。私の面倒見るために結婚しようだなんて。」 母「そこがね、難しいところだったのよ。ちょうどお父さんは単身赴任中でねぇ、私があまり口を出せる事でもなかったし、おばあちゃんはお父さんに内緒でママを説得して、『母親としての務めを果たせないのだったら出て行け。』って、お母さんに休みをくれた日に追い出しちゃったのよね。行先はおばあちゃんも知らないっていうから探せなかったのよ。」 菜々「ひど~い。おばあちゃん。鬼の様だわ。」 母「だから、お父さんの前ではね、お父さんにしてみればお母さんだもの。あまりその話は出せなかったわ。でも、お父さんは何とかママの居所を探して、住む場所もお世話していたのよ。」 小林「本当にあの時は助かりましたわ。」 母「でも、段々動けるようになって、お仕事できるようになった頃にはママはそっとその場所を出て行ってしまったの。ただ、私にだけは電話番号を教えてくれたわ。 で、それからは電話で菜々の様子を時々連絡していたの。お父さんにもおばあちゃんにも内緒でね。」 菜々「はぁ~。ドラマだ。それでママは何で小説家に?」 母「ママはね、学生時代から小説をよく書いていたのよ。小さい賞をその頃から貰っていたわ。でも、ペンネームが『菜々』かぁ。菜々の名前はママがつけたのよ。」 菜々「そうだったんだ。やっぱり産まれたのが菜の花の季節だったから?」 小林「えぇ。私は菜の花が大好きなの。あの明るい黄色の花がパッと咲くと景色が明るくなるでしょう?そんな娘になってほしいと思って菜々ってつけたのよ。  そうして、お母さんのおかげで私が思ったような、景色が明るくなるような娘に育ったわ。嬉しくてねぇ。あなたに会いたいとは思っていたけれど、こんなに親しくもなれて。でも、ばれちゃったらやっぱり私の事、許せないかしら。」 菜々「え?なんで?むしろ嬉しいよ。お母さんは?私がママと会うのは嫌?」 母「いいえ。なんだか会うべきして会えた感じですもの。やっぱり血が呼ぶのかしらねぇ。私も嬉しいわよ。素直に育った菜々を本当のママに見せてあげられたんですもの。  お隣にいてくれれば大学に行っている間の菜々の事も安心だわ。これからも宜しくお願いします。」 菜々「ねぇねぇ、おばあちゃんはもう、お仏壇の中だしさ、お父さんには内緒で、実家に帰る時にママも一緒に帰ろうよ。驚くよぉ!きっと!」 母「ふふっ。良いわね。どう?小林さん。一緒に帰らない?あんまりいい思い出はない家だと思うけど、あの人に何か一言、言ってやってもいいと思うわよ。」 小林「ふふっ。それはやめておくわ。私が会いたかったのは菜々ちゃんと、菜々ちゃんを大切にそだててくれた佐々木さんだけよ。だから電話番号もあなたにだけ教えていたんですもの。奈々ちゃんのお父様にもお世話になった事もあるけれど、今更会おうとは思わないわね。  今日、二つ目のお願いも叶ったの。あなたに会えて、菜々ちゃんを素敵に育ててくれたお礼も言えて。これ以上は罰が当たるわ。」 菜々「お母さんと、ママと、二人も優しい母親ができて、一番幸せなのは私だわね。」  菜々がフフンっと鼻を鳴らしながら偉そうに言い、3人は声を合わせて、暑い夏の日差しにも負けないようなキラキラとした笑い声をたてた。 【了】
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