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再び歩き始める。
十メートルほど進んだ時だった――。
「ねえ、鮫島さん」
「なんでえ」
「やけに風が冷たくねえですかい」
凍えるような寒さに、龍二は閉口して言った。
まるで真冬のような寒風が吹きすさんでいる。
「いや、そんなに冷たくねえぞ。むしろ生暖かいくらいだ」
「そうですかい。あっしは冷凍庫の中にいるようですよ」
言って、手錠のはめられた両手をこすりあわせる。
手先の感覚がなくなっているのを感じ、熱い吐息を吹きかけた。
おかしいな。まっすぐに歩けない。
目の前の景色が突然ぼやけ、揺らぎ始めた。
遠近感が分からなくなる。
「どうした、龍二」
「へい」
と返事をした途端、目の前に白い靄がかかったように視界が遮断された。
身体がぐらっと大きく傾く。
「兄さん」
後ろから正次の声が聞こえた。
気づくと両膝を地面につき、そのまま前のめりに倒れ込んでいた。
「龍二」
「龍二さん」
「兄さん」
親しい者たちの声が耳元で鳴っている。
返事をしたいが、口がだらんと開き、舌が外へ飛び出したまま、どうにも言うことをきいてくれない。
いったい、どうしたというのだろう。
不思議と痛みは感じなかった。
むしろ心地よく、爽やかな気分で、ずっとこうしていたいような不思議な充足感に包まれていた。
このまま紫朗や結城のもとへ行くのも悪くはないと思った。
親父さんや神沼たちも向こうで待っている。
できることなら、実の両親にももう一度、会ってみたい。
もう顔を思い出すことすら難しいが、瞼に思い描くたび、今も懐かしく温かいものが身の内を流れていく。
「病院だ。病院へ運ぼう」
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