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トントントン。
貴方の好きなモノ、いっぱい作るのよ。 燻しベーコンのたっぷり乗った野菜サラダ。少し甘酢っぱい味付けのミートボール。たくさん煮込んだコクのあるブラウンシチューには仕上げにくるりと生クリームをかけるの。
シュンシュンシュン。
そして、なんと言ってもハンバーグ。レンくんは手間の掛かるデミグラスソースより、フライパンでふつふつにしたバターでケチャップと赤ワインを煮詰めるソースの方が好きなのよね。
グツグツグツ。
大丈夫、きっと全部食べてくれるわ。だって、貴方の大好きなモノだもの。
********
ブブッ、ブブッとスマホがポケットの中で震えている。
暫く放っていたら、バイブが止まった。しかし、ホッとしたのも束の間、直ぐにまた、ブブッと震え出す。俺は無造作にそれを取り出すと、名前を見て小さく舌打ちをし、画面をスライドする。
「もしもし……? 」
電話の向こうから、『レンくん? 』とか細い声が聞こえてきた。
周りに手で合図をして、その場を抜ける。扉を開けると、中の騒がしさが嘘の様だ。
『やっと、出てくれた 』
「どうして何度も掛けてくるんだよ、仕事中に困るよ 」
口元に手を添えて声を顰め、視線を巡らせて人目の無い場所を探した。
掛けてきたのは、元カノのモエカだった。いや、まだ別れ話はしていない。本人はまだ付き合っていると思っているのだろう。
『土曜日なのに、仕事なの? ねぇ、レンくん。何時帰って来るの? 』
俺はわざとらしく大きなため息を吐く。
そうだよ、気付けよ。こんな土曜日の夜に仕事なんかである訳ないじゃないか。
「俺の仕事が不規則なのは分かってるだろ? 」
『でも、もう3日も帰って来てない…… 』
「……っ?! お前、またウチに来てるのか? 」
自分のアパートには、もう1週間以上戻っていなかった。モエカは俺がガスメーターの奥に鍵を隠している事を知っているから、きっとそれで部屋に入ったのだ。
「勝手に入るなって、言ったろ!! 」
『や、だ。レンくん、怒んないで 』
スマホから、グスリと洟を啜る音が聞こえた。
(うぜっ )
無意識に、また舌打ちが出てヤバいと思った。前はこういう所も可愛いと思っていたが、今は面倒臭いと思うだけだ。
「分かったよ、分かった。でも、今夜は帰れないけど、明日は戻るから 」
『本当、に? 』
ふわりとした、嬉しそうな甘ったるい声。何も知らない声に、イラッと神経が逆立つ。
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