320人が本棚に入れています
本棚に追加
/92ページ
【千春side】
数日たった、ある昼下がり。
「陽さんっ。ついに新聞に載りましたね」
私はテーブルでほまれ新聞を開き記事に指差した。
「だな。岡本さんのリークのおかげで、うちはかなりリアルな詳細が書けたよ」
陽さんも隣にやってきて、記事に目を落とした。
「結局、陽さんのプラン通りになりましたね」
「上げといて、落とすってやつか」
「はい」
「藤川家が作り出したネタを、俺が嘘偽りなく世間に報告しただけさ。俺はそういう仕事だからな」
「記事を見て驚きました。王子もしっかり絡んでいたなんて」
「王子復讐計画はこれにて無事終了、だな」
「はい。陽さん、私のために本当にありがとうございました」
「いいや、この計画はおれ自身の問題も浄化してくれた。千春こそ、ありがとうな」
私たちは見つめあって、手を重ね合わせた。
「でも、何か一つ、忘れている気がするんだよな…」
と陽さんが小首を傾げてそう言った。
「何を、ですか?」
とその時、私のスマホに前に住んでいたアパートの大家さんから着信があった。
「はい、杉本です。あっはい、えっ? ああ、わかりました。取りに伺いますね」
「アパートに忘れ物?」
「うん。あの湿布薬の瓶を数本…床下収納に入れたままだったみたい」
「瓶って、重いだろう? 俺も一緒にいくよ」
「ありがとう。助かります」
♢
そして、私たちはその日のうちにアパートに出向いた。
大家さんに声をかけたら、瓶は裏の倉庫に移動したと言われた。
「3本だけなら、俺が取ってくる」
こういう気遣いが本当に優しい陽さんが大家さんと一緒に取りに行ってくれた。
私は表で待っていた。
その時だった。
「千春っ」
陽さんではない、私を呼ぶ声。
でも、私はこの声に聞き覚えがある。
振り返るとそこには、藤川桜二が泣きそうな顔をして立っていた。
「桜二…」
突然の再開に私はうまく反応できなかった。
それに構わず桜二は近づいてきて、私の手を強引に奪い握りしめてきた。
「ちょっと…、やめてよっ」
私が振り払うと、桜二は驚いた顔をして言った。
「千春…。この前は綺麗になって僕に会いにきてくれたのに、冷たい態度をとってすまなかった。でも、あれから僕はずっと千春を探していたんだぞ。今日だって、千春が来るって聞いて駆けつけたんだっ」
多分、大家さんにでも聞いたのだろう。
そんなに必死に私を探していたとは。
きっと藤川家が大変なことになっていて、これ以上の寄生は困難と判断したのだろう。
そして、次の寄生候補として、私を探していたということだ。
また同じことを繰り返すのかと、切なさで私の胸が痛んだ。
桜二は出会った頃と同じ目をして私を見つめてきた。
(ああ…もう私は魔法にはかからないのよ)
切れ長のアンニュイな目に恋に落ちたはずなのに、正体を知った今では、別の意味でぞくっと身震いしてしまう。
(はっきり伝えないといけない。これからの桜二のためにも)
最初のコメントを投稿しよう!