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私、杉本千春は、会社員としての仕事を終えると、都内北区にある老舗のスナックに出勤する。
このスナックに入店して早半年が経過した。
「おはようございます」
とまだ客のいないお店に入ってゆく。
カウンタ―では、すこし太目なユリママがくわえ煙草で事務作業をしていた。
ユリママ、御歳不明だ。
半世紀前から接待を受けて来たお客がいるので、それなりのお年なのだと思われる。
ママはゆっくりと首を動かし「おはよう」と私に挨拶してくれる。
ユリママは安定の厚化粧にキラキラ服で、すでに出勤の準備はできている。
休憩室の一室で、私は手早く夜の女に変身する。
初めは右も左もわからない、田舎者の私だったけど、ママや先輩たちに熱く指導され、夜のライトに映える化粧や髪型も違和感のなく作ることができるようになった。
姿鏡の前でくるりと回り全身をチェックする。
「よしっ。今日も完璧ね!」
ある理由で水商売をしようと発起したが、こんな私を雇ってくれたのは、このスナックのユリママだけだった。
キャバクラやガールズバーの面接では見事な門前払い。
店先の『キャスト、随時募集中!』を見て来ているのに、私の足元から胸あたりを見られただけで『今、募集してないの』と追い返された。
水商売をする目的は他にあったけど、こんな私を雇ってくれた気概のあるユリママのためにも、この老舗店を盛り上げようと思っている。
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