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強面の男の人に連れられ、コンクリート打ちっぱなしの殺風景な事務所に入る。掃除は行き届いているが、染み付いた煙草の煙は非喫煙者の僕には隠しようがなく喉がムズムズする。
それほど広くない事務所は入ってすぐに手入れの行き届いた応接セットが現れ、その奥に整頓されたデスクが並ぶ。
突き当りのガラス張りの壁に背を向けるように社長席があり、僕の心配事の種は、その社長席に身を屈めるように座っていた。
「おはようございます。ゆうべは眠れましたか」
「眠れるわけねぇだろ。いまやっと静かになったとこだ」
もともと色の白い顔が、今は病的なほどに青白い。目の下にくっきりとクマができている。
「大変でしたね。交代するから休んでください」
「悪ぃな、センセイ」
ゆうべ夜勤だった僕よりもひどい寝不足に悩まされている彼の腕から、心地よさそうに寝息を立てている小さな体を抱き上げた。
彼が抱いていた生後三ヶ月の赤ちゃんは、ゆうべの戦争など想像できないくらいすうすう寝入っている。
生後すぐの赤ちゃんは夜行性だと聞いたことがあるけれど、首がすわり始めた今も昼夜逆転の生活が一般的かどうか、子育てをしたことがない僕にはわからない。
ちなみに、自身が社長を務める会社に赤ん坊を連れて出勤し、連日寝不足に悩まされている彼も本当の親ではない。
彼――徳網怜次氏は僕の恋人であり、息を呑むほど綺麗な顔立ちをしているが性別は男性。そしてこのオフィスの社長であり、暴力団の組長でもあるのだから、もうどこからが普通でないと言っていいのかわからない。
真面目で平凡を絵に描いたような僕が、同性でヤクザで、その中でも幹部クラスの彼と恋人関係にあるなんて。そしてその組長さんが事務所で赤ちゃんを抱えている光景を見たら、大抵の人は目が点になるだろう。僕とて最初はそうだった。
そう、事の発端は一週間前――
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