心配事

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 あれから、一週間が過ぎた。    当初は、実の父親でも困り果てるような赤ちゃんのお世話を、子育て経験のない独身男性が引き受けるなんて無茶すぎると思ったけれど。とりわけ育児能力の低い石田さんに比べて、徳網さんは経験がない割にはそれなりに世話をしていた。  それでも連日寝不足に悩まされ、食事もじゅうぶんに取れていない様子だ。  僕のことをお節介だの強引だのと言うけれど、徳網さんだって僕以上にお節介なお人好しだと思う。  応接用のソファにショルダーバッグを置き、携帯しているアルコールで手指消毒をしてから美羽ちゃんの抱っこを引き受ける。  抱き手を交代しても、以前ほど神経質に目を覚まして泣くこともなくなった。一瞬、ふるふると顔を振ってから、ふたたび心地良さそうに眠りにつく様子は天使のように可愛い。 「夜泣きもあんだけ続いたらもう慣れっこだわ。ミルクもよく飲むようになったし」 「そうですか。よかったね、美羽ちゃん」  とにかく夜泣きがひどいのだと聞いていた美羽ちゃんは、昼間は本当によく眠る。ミルクをたくさん飲むようになり、前よりぷくぷくになって抱き心地もずっしりしてきた。 「ちょっと寝る」  事務所の一角で、スーツのジャケットを脱いで椅子の背もたれに掛けながら、徳網さんはぐい、と首を捻った。  そのまま応接用のソファに座ろうとするのを慌てて止める。 「自宅でゆっくり寝たらどうです」 「いや、このあと吾妻が来るんだ」  僕の制止を無視してソファに寝転ぶ徳網さん。美羽ちゃんを抱いたまま心配で見つめていると、ヒロくんがコーヒーの入ったカップをテーブルに置いた。気付いた徳網さんが目を開けて、 「美羽も寝てるし、それ飲んだら帰れよ」  僕が夜勤明けなのを知っていて気遣ってくれる。  仕事を終えてホッとしたい気持ちはあるけれど、今は徳網さんのためにできることはないかと、そればかり考えてしまう。 「まだ帰りません。徳網さんが寝つくまでここにいます」  青白い顔が少しだけ赤くなる。 「センセイもお疲れだろ」 「僕は平気です。美羽ちゃんは僕が見てるんで、ゆっくり休んでください」 「センセイも疲れてんのに悪ぃけど、少しでも見ててくれると助かる。ここの連中じゃあ、ちょっとの話し声や物音でも起きて泣き出すから」 「ああ」  分かる気がする。  男所帯じゃ仕方ないのかもしれないが、子育て経験がないうえに、野蛮でガサツな人たちに赤ちゃんの世話は難しいだろう。そう、美羽ちゃんに泣かれてガッカリしている組員さんに言ってあげたい。 「そう言えば、センセイはちょっと慣れてんだな、赤ん坊の世話」 「そんなことないですよ。昔、研修で産科を回ったときにほんのちょっとだけ赤ちゃんを見たことがあるくらいで」  否定する声が不自然に慌てすぎていないか気になった。  本当のことを言うと、同じ外科の男性看護師に赤ちゃんのお世話で気をつけることをそれとなく聞いていた。医師とは違い、看護師は実習で産婦人科を回って沐浴などを経験するのが必修らしい。  案の定、若い男性看護師には不思議な顔をされたので「姪っ子のお世話を頼まれることがあってね」などと言ってごまかしていた。 「美羽ちゃん、徳網さんには泣かないんですね」  片腕に美羽ちゃんを抱き、もう片方の手でソファに寝転んだ彼の髪を撫でながら言うと、疲れの滲んだ目が僕を見上げた。 「ずっといっしょにいるからな。慣れてきたんだろ」 「徳網さん、まるで本当の親みたいに子育てしてるじゃないですか」  冗談混じりに言ったつもりが、急に顔が暗くなった。 「徳網さん?」 「なんでもない。じゃあ、寝るから。俺が完全に寝るまではここな」  僕が座っているところをトントンと指してから、徳網さんは目を閉じた。すぐにすうすう寝息が聞こえ、眠ってしまったのだとわかる。 ――よっぽど疲れてたんだ。  色白で鼻筋の通った端正な顔は、磁器人形を寝かせているみたいだ。  微動だにしないので、ちゃんと呼吸をしているのか気になってしまう。口元に頬を近づけると、微かに吐息がかかるのを感じた。 ――ちゃんと息してる。  しばらく寝顔を見てから美羽ちゃんをベビーベッドに寝かせ、通勤用のショルダーバッグを持って立ち上がった。
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