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「そうでしょうか? 昭和初期を舞台にした許嫁とのすれ違い恋愛とミステリの方が絶対面白いですよ」
「盛り込みすぎでしょう、そんなの」
「いろんな要素があった方が楽しいと思いますよ。たしえば『ファンタジーとサスペンス』、『ホラーとミステリ』といった具合にジャンルは一種類じゃない方が面白さが掛け算されますよね?」
と、手を広げて話す清貴を前に、くりすは小さく舌打ちした。
「ったく、口が減らないわね。絶妙に的を射ているのがムカつくわ……。もう、この原稿はやっぱり返してもらうわ」
くりすが手を伸ばすと、清貴は原稿をしっかりと胸に抱いた。
「駄目です。もう、いただいたものですから」
「こんな子供みたいなことしないで」
そんな問答をしていると、カラン、とドアベルが響いて、葵が店内に入ってきた。
「おはようございます。わあ、相笠先生、こんにちは」
その時、清貴は立ち上がった状態で手にしている原稿を高く掲げており、くりすはそれを取ろうとつま先立ちになっている。
「……って、何をしているんですか?」
ぽかんとする葵に向かって、くりすが声を張り上げた。
「葵さん、清貴さんの体をくすぐってもらえるかしら。原稿を奪い返したいの!」
えっ、と葵は訊き返し、清貴は目を見開く。
「葵さんに僕の体をくすぐらせて奪おうとするなんて、あなたには手段を選ばなすぎです。人の心はないんですか?」
「だからそれをあなたが言う?」
さらに骨董品店『蔵』に、賑やかな声が響く。
それは、前途多難を感じずにはいられない、作家・相笠くりすの憂鬱な午後だった。
おまけ『相笠くりすの憂鬱』
~Fin~
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