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玄関のドアを開けると、朝日の眩しさよりもまず快速急行のけたたましい轟音が家の中に流れ込んでくる。ゆっくりとドアを閉め、鍵を回しロック音がしっかりと鳴った瞬間、お隣の502号室のドアが思いきり開いた。隣人は、鍵をかけながら、履ききれてない靴を足裏全て使ってガンガン床に叩きつけた。右足が収まるべき場所に収まったところで、月島と隣人の目が合った。
月島は、隣に誰か住んでることは知っていたけれど、実際に隣人に会うのは初めてだった。隣人は月島と同じような年の、痩せ型の男性サラリーマンだった。月島は健康的で品のある笑顔で、「おはようございます」と隣人に声をかけた。月島と対照的に、ひどい隈と血色の悪い顔をした隣人は、突然のコミュニケーションに驚いたのか、「あっ」とだけ言って目を泳がせ、そそくさと階段で駆け降りて行ってしまった。
毎朝月島が立ち寄る最寄りのコンビニに入ると、週に数回は見かけるバイトが、おにぎりの補充をしながら「いらっしゃいませー」と心のこもってない言葉を垂れ流した。メガネで黒髪、常に無気力そうではあるが、接客態度は真面目で「箸は必要か」など気が利いた言葉を先に言ってくれるので、月島は優秀なバイトだと評価していた。年齢不詳だが、童顔なのもあってパッと見は男子大学生に見える。有人レジの前でお茶とチョコレートを持って立っていると、バイトは駆け足でレジに入って、手際よく会計を進めた。
「袋はいりますか」
「いらないです」
「お会計342円です」
「カードでお願いします」
商品、カード、そしてまた商品。バイトは終始一貫して、月島を見ようとはしなかった。
「ありがとうございましたー」
申し訳程度にちょっとだけ頭を下げ、顔を上げた時も、バイトは目だけは伏せたままだった。
月島はレジから離れた後、腕時計を確認し、パッと顔を上げて早足でコンビニを飛び出して行った。ガラス越しに駆け抜けていく月島の横顔。バイトの分厚いメガネのレンズ越しに、沈鬱な黒い瞳が、ガラスの奥を張り付くように捉えていた。
人気チャートトップ50をランダムで聴きながら、月島は絶望感漂う電車に揺られていた。スクロールするばかりで興味のそそらない内容ばかりのネットニュースを閉じ、写真アプリを立ち上げる。
6月13日、午前2時18分に保存された、一枚の写真。月島は、その中に閉じ込められている人物をじっと見つめた。
満車率9割越えにも関わらず、レールを走る重みの音しか聞こえない。何かに怯えて息を潜める似たような格好の大人たちが、電車の揺れに合わせて一様に横に揺れた。
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