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「ああ、卒業かあ、寂しいな」という同級生の言葉に「そうだね」と牧野翔はなんの感情も無しに返事をした。
「全員で、卒業したかったよな」
中学校の卒業式を終え、帰り道を並んで歩いていた牧野とその同級生。こうして彼とほぼ毎日帰宅を共にしていたが、彼はいつもダラダラと他愛もない話をし続けるような人物だが、今は卒業式あとということもあるのか、ポツリ、ポツリと、気持ち悪いくらいに丁寧に言葉を投げつける。
同級生は遠くを見つめる。
「牧野、お前、もう大丈夫なのか?」
「なんのこと?」
「ほら、相原の…こと」
「ああ、うん。大丈夫」
「お前の大丈夫って、言い方とか、信用ならないんだよな」
同級生は眉をひそめている。
「泣いても、人は生き返らないでしょ?」
牧野はまっすぐ前を見据えながら言う。
「それに泣くの、疲れる」
同級生はしっかりとした眼差しで前を見つめる牧野の横顔を寂しそうな笑みで見つめた。
「牧野さ、大学行っても連絡してくれよな」
同級生は牧野の肩にポンと手をおいた。
「らしくないな」
牧野は照れくさそうに笑った。半年前に付き合っていた彼女を亡くしてしまった親友の牧野。彼はもう大丈夫だ。同級生はそう安心した。
まもなくして二人はそれぞれの帰路に向かう。
牧野は橋を渡る。
途中、手に持っていた卒業証書を川の向こうめがけて放り投げた。学校を出てからずっと鬱陶しく思っていたから、荷物が減って牧野は嬉しそうに駆け足しだした。
マンションの階段を登り、牧野はある部屋のドアを持っていた鍵を使って開く。
「ただいま」
牧野は言った。
部屋の中から「おかえり」と男性の声。
牧野は玄関で足を後ろにふって乱暴に靴を脱ぎ廊下を歩く。リビングに入るとワイシャツとスーツズボンを着た男性がいた。
「卒業式おつかれ」
男性は牧野に言う。
「兄ちゃんさ、来てたの?どこにも見当たらなかったけど、」
牧野はカバンをリビングの床に置く。
「入れなかったよ。困ったなあ」
「それは残念」
「卒業式に兄貴が入れないっておかしな話だよな」
「確かに」
牧野は鼻で笑う。
「あ、ちょっと、」
「どうかした?」
「でかけてくる」
「戻るのか?」
「うん。今日、お父さんとお母さん出ていくから」
牧野は玄関に向かい、男性のいた部屋から出ると、隣の部屋を鍵を使って開く。
「ただいま」
牧野は言う。
「ああ、翔。卒業式お疲れ様」
部屋から出てきたのは婦人スーツを着て、おめかしをした翔の母親だ。
「翔かっこよかったよ」
「別にかっこよくは無いでしょ」
「写真もいっぱい撮れたし」
言いながら母は式の最中に取った写真を嬉しそうに見直している。やだな、恥ずかしい。翔は思ったが口には出さなかった。
「お父さんは?」
牧野はわかってはいるが、部屋を見渡した。
「お父さん先に行ったよ」
母が言う。
「あっそ」と牧野はそっけない返事をする。
「晩ごはんはお母さんと一緒に食べよ」
「ご飯の準備するから着替えてくる」と母は着ていたジャケットを脱ぎながら、浴室へと向かう。途中、母が立ち止まった。
「そう言えばさ、翔」
「なに」
「先生から聞いたんだけど、翔の兄ですって会場に入ろうとしていた人がいたんだって」
「ええっ。うそ」
翔は嫌悪そうに顔を歪める。
「怖いよねえ。ほんと、世の中変な人がいて迷惑よねえ」
ああ、怖い怖い。と翔の母は自分の体をさすりながら浴室に入っていった。
今朝、翔の母はスーツケースを持って出ていった。
「あとよろしくね」と笑顔で言ってきた。
「後はよろしく」そう呟く翔は自宅リビングのソファに横になっている。
卒業式が終わったら、家族が離散することは一年前から決まっていた。数日たったらここの荷物もなくなる。
部屋には自分一人しかいない。
毎朝聞こえる母親の音が聞こえない。
自分には家族なんていたのだろうか。こんなあっさりなくなるなら、始めから自分には家族なんてなかったのかもしれない。
父と母はなぜ結婚したのだろうか。
もともと険悪な中ではあったけど、そんな関係でよく子供を産めたものだと翔は関心した。
翔は起き上がり、部屋を出る。
隣の部屋へ向かった。
慣れたように、鍵を取り出し、ドアを開く。
「兄ちゃんただいま」
牧野がそう言うと、浴室から歯磨きを口にくわえた、牧野が兄ちゃんと呼ぶ男性がふらふらと歩いて出てきた。
「ああ、悠。おかえり」
「お父さん、お母さん出て行ったよ」
翔が言う。
それを聞いて神妙な顔つきになった男性。一旦浴室に戻り口をゆすぐ。そして翔の前に近づくと翔を可愛そうに見つめる。
「お疲れ様。つらかったね」
男性は言った。
「うん。だから、兄ちゃん。今日からよろしく」
「ああ、今日からここが悠の家だよ」
男性は翔に笑顔を向けた。
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