14-22

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 演奏が終わった。観客に手を振って、みんなでお辞儀をした。時間を5分ほど取ってもらえたから、出来るだけたくさんの人の顔を覚えたかった。いつかステージを観に来てくれたと時に、久しぶりだねと声をかけたいからだ。それなのに、息苦しさが襲ってきたから立てなくなった。大和が駆け寄ってきて、並川さんがスタッフと話している。 「……夏樹君、こっちに座れ!」 「大和君はスタンバイしてね。後でね」 「うん。夏樹君、頑張れよ」 「なつきー。黒崎さんが来てくれるよー」 「ナツキーー!」 「お母さん……、大丈夫だよ……」 「俺が連絡しておくから。こっちに来て!」  母の声が聞こえてきた。最初のステージでは、あの応援団を恥ずかしいと思った。それを今さら後悔した。こんなに歓声が起こっているのに、さらに自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。悠人から促されて観客席を見ると、伊吹と父が、母の肩を抱いていた。俺の方へ手を振っている。自分のことをやれと言われているようだ。あんまり見えないし、声も聞こえないのに、なぜかそう思った。 (ごめんね。頑張るからね。ありがとう……)  悠人と藤沢に抱きかかえられた。やっぱり観客席近くへ行こうかと思った。しかし、聡太郎がそばへ来て、首を振っているのが分かった。ここから降りないと決めた。そう口にして一歩ずつ進んでいると、その先には黒崎が待っていた。 「黒崎さん……、くろさき……、さん」 「……今度は走るな」 「黒崎さーんっ、やったよーー」 「いい子だから。椅子に座れ」 「やだよ、くろさき……、さんっ。黒崎さーーん!」 「なつきーー!ストップー!げええええっ」 「うわーー、ああー、キャッチ……」  息苦しさとフラつきが飛んでいき、助走をつけるようにして駆けて行った。悠人たちから止められた気がしたが、そのまま勢いをつけてダイブした。黒崎が困った顔をしている。しかし、ちゃんと受け止めてくれた。やり切った達成感と、あの空間を共有できたことの感動が襲ってきた。視界がぼやけるし、嗚咽も漏れてきた。それでもいいから、我儘のオプションを口にした。 「黒崎さん……、クルクル回ってよ。頑張ったから」 「まず先に座ってくれ」 「……うっうっ」 「……2回転だけだぞ」 「うんっ」  ここの端の方へ移動した。黒崎が辺りを確認するように視線をめぐらせた。ここなら人に当たらないだろうと呟いた後、向かい合った。心配そうに苦笑している。 「よくやった」 「うんっ。一緒にステージに立ったんだよ!」 「そうだったな。うちわを拝んでいたな?」 「あれは話しかけていたんだよ」 「……祈るポーズをしただろうが」 「いいじゃん。うっうっ……」 「つかまっておけ」 「うんっ。よーーし」  うちわを持ったまま、黒崎の肩にすがりついた。そして、両脇の下に両腕が差し込まれて、確認しながら動いた。スタンバイOKと答えると、ふわっと体が宙に浮いた。いつもより控えめな回転だ。今の体調を考えてのことだと分かっているが、さらに我儘を言った。 「黒崎さんっ。もっとクルクル……」 「だめだ」 「2つ分を消費するよ。5回転を2回やってよ~」 「だめだ。まだ苦しいだろう。じっとしていろ」 「ええー?」 「これで着地だ」  優しく着地させられた。しつこく抱きついたままでいると、黒崎の肩越しに見えた光景に驚いた。黒崎がどうしたんだ?と振り返り、吹き出して笑った。悠人と佐久弥が同じことをしているからだ。悠人が必死になって逃げようとしている。それを早瀬さんが押しとどめている。 「ぎゃははー。ゆうとくーん。クルクル回ってやろうか?怖いのかー?」 「うるさい!毒々しい魔法使い!ひいいいいっ」 「ゆうとくーん、どうだー?メリーゴーランドだぞー」 「ゆうりさーーんっ」 「はいはい。佐久弥、もっとやってくれ」 「げえええっ」  その楽しそうな様子を見て、お互いの顔を見合わせて笑った。藤沢と並川さんとの3人で肩を叩き合い、今日のお礼を言った。そして、聡太郎が悠人達のそばへ行き、大笑いしながら手を振ってくれた。  これから控え室へ戻る。正式に所属契約をする為に、遠藤さんが来てくれる。向かっている途中で長谷部さんと合流し、さあ行きましょうと促された。
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