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 21時。  我が家に帰る前に、近所のレストランで晩ご飯を食べてきた。疲れているから手早く食べて、寄り道せずに帰って来た。緩やかな坂の住宅街を車が進んでいく。ライトに照らされている家や道路標識は、すっかり見慣れたものだ。 「うちに帰って来たって感じだよ」 「まだ一年も経っていないぞ?」 「もっと前から住んでいる気分だよ。黒崎さんが気を遣ってくれているからだよ。ご近所づきあいとか……。寂しくないもん」 「いくら俺でも普通のことはする」 「そういうタイプじゃなかっただろ?デート相手が会場に来ている確率が……、あんな数字の人が」  ほんの冗談で口にしたことなのに、黒崎が無言になった。言い返してこないことが怪しいと思い、本当にそうなのだと察した。 「マジなのかよ。会場にいたの?」 「それはない。来ていたとして何もない」 「ふーーん?」 「それが答えだ。何度も言わせるな」 「拗ねてるの?俺から苛められたから?」 「ああ……」 「可愛いことをするなよ~。ヒャーーッ」  さすがに運転中は危ないから叩くことができない。愛情うちわでパタパタと顔を扇いだ。黒崎の眉間に皺が寄っている。我が家の門が見えてきて、運転席から門の操作をし始めた。  ガーーー。  森の中には小さな灯りが付いている。お義父さんとアンが待つ家が見えている。ゆっくりと進んで家の近くまで行って車から降りると、木々の匂いが鼻先をくすぐった。冷え込んだ空気が気持ちいい。砂利を踏んだ音が響いている。 「寒いねえ……」 「早く入ろう。忘れ物はないか?」 「大丈夫。お義父さんところへ先に行こうよ」 「お前は家に入っていろ。俺がアンを迎えに行く」 「一緒に行きたいんだ。報告もしたいし」  黒崎にすがりつくようにして歩いていると、足元で何かにつまづいた。この小道には灯りがなくて、月の光が頼りだ。黒崎は夜目が利く。暗闇でも問題なく移動できる。 「……夏樹。そこは通るな。こっちを歩け」 「水たまりがあった。よく分かるねえ~」 「このルートに灯りを用意する。何かあった時にも便利だ」 「この雰囲気がいいんだよ」 「転ばないなら、そうしてやってもいい」 「小さなやつがいい。歩道並みじゃなくていいからね?」 「想像以上に明るくさせてやる」 「森じゃなくなるんだよ~」 「……繁華街のようにしてやる」 「やだってば!」  言い合いをしていると、夜空の雲が切れていることに気づいた。満月も薄曇りがなくなり、会場を出た時のようにクリアに輝いている。 「黒崎さん。オリオン座が見えるよ。ベテルギウスは、オリオンの脇の下の部分にあるんだ。クルクル回っている時みたいだね」 「やってやろうか?」 「オプションだよね?」 「……早く消費しろ。気が変わる」 「せっかちだねーっ」  どうしてこうも意地悪なのかと文句を言っていると、お義父さんの家の玄関が開いた。灯りの向こうには人影がある。そして、小さな影がやって来た。 「アンー、ただいま。今日は俺の方に来てくれたんだね。明日はささ身が食べたいの?それでもいいんだよ~」  頬ずりをしながら玄関を入ると、お義父さんが笑顔で迎えてくれた。ただいまと声をかけると、おかえりと返って来た。それだけのやり取りでも、お互いの気持ちが十分に伝わると思った。
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