1-1 黒崎家の日常

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1-1 黒崎家の日常

 11月22日、午前0時半。  さっきのテレビでやっていた。今日はいい夫婦の日というものだと。こんな日は喧嘩をしたくないのに、そうはいかないのが現実だ。俺と黒崎は、喧嘩3日目に突入しようとしている。  俺の名前は黒崎夏樹。大学一年生だ。永遠の誓いを立て、指輪の交換をしたパートナーが存在する。その人の名前は黒崎圭一という。来月で35歳になるから、俺とは年が離れている。同じ苗字なのは、黒崎のお父さんと養子縁組をしたからだ。  すっかり使い慣れたキッチンで、夜食作りをしているところだ。今夜、黒崎は取引先との飲み会で帰りが遅い。お酒ばかり飲んで、ほとんど食べていないはずだ。お腹を空かせて帰ってくるはずだから、こうして用意しているわけだ。 「今夜は冷えるからなあ。湯豆腐にしよう」  冷蔵庫に入れてある『高菜フーズ』というメーカーの高級豆腐を取り出した。これが今回の喧嘩のきっかけだ。  値段と味を天秤にかけて選びたい俺。値段は関係なく、美味しいものを選ぶ黒崎。俺だって美味しいものを食べたい。しかし、それには『予算』というものが存在する。キッチンを預かる者として、譲れない部分がある。 「黒崎さんってば、本当に強引で分からず屋なんだよね……」  一人用の土鍋に出汁を入れながら、ぶつぶつ独り言をつぶやいた。 「女の人も寄ってくるしさ〜」   俺というパートナーがいても、連絡先付きのメッセージカードを渡されることがある。一年前よりも数は減った。 「あの人、素敵だもんね。強引で頑固で、石頭。たまに威圧感の塊。えらそうな物の言い方するけどさ〜。それでも好きだけどさ。優しいし。俺、綺麗だって言われたっけ。ふふん、ふふん、うへへ……」  土曜日のイチャついた夜のことを思い出して、頭の中で映像が再生された。そして、毎日の筋トレを欠かさない黒崎のカッコいい体も思い出した。割れた腹筋に逞しい胸もととしっかりした腕。カッコいい腰のラインに鎖骨。それらを想像するだけで顔が熱くなった。  女の人から食事の誘いを受けようが、名刺の裏にプライベートの連絡先を書かれていようが、黒崎が誘いに乗ったことはない。浮気をしない人だ。 「ふふん……。絶対に浮気をしない人だもんね。俺だってそうだよ……」  なんだかんだ言っても、黒崎のことを愛している。
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