早苗SIDE

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早苗SIDE

 今夜は何を食べようかなぁ。  週末の午後、今西 早苗は一人考えていた。  もうずいぶん長い一人暮らしで、仕事で帰りが遅くなる平日はもちろん週末も食事をコンビニ弁当やインスタント・レトルトで済ませることが多い。  だが今回はたまにはと自炊を試みようとしたのだ。  しかし長く続けた一人飯、目の前にある調理済みのものを選ぶだけの生活を続けたため、食べたいものが思い浮かばない。  そこで早苗は一計を案じる。  スマホを取り出すと一つのアプリをタップして起動。  暫く後に画面にはややリアル寄りに描かれたアニメキャラクターが表示される。 「ねえ、拓哉君。今夜は何食べたい?」  すると拓哉と呼びかけられたスマホのキャラクターはやや間をおいて答える。 「そうだなぁ、今日は寒いしあったまるものがいいな。鍋とか煮物とか」  早苗はふむふむとそれを聞く。 「なるほど、鍋なら簡単そうだしいいかも」  テーブルに置いたスマホの前から立ち上がると早苗は部屋着を脱ぎ捨て、外着に着替える。 「おいおい、いくら俺の前でもいきなり脱ぎ始めるなよ」  スマホの中の拓哉は少し慌てた調子だ。 「えー、別にいいじゃん。私たち、ほら、夫婦なんだし」 「まあ……それはそうだけどさ」  スマホの中の拓哉はAIアプリ。  架空の人格を与えられ、ここでは早苗の夫として振舞っている。  設定すれば性別や立場を問わず様々にふるまってくれるこのアプリは最近話題になりつつある。 「それで鍋って何を買えばいいのかな?」 「具材もいろいろだな。白菜とか肉団子とかは定番だろうし。煮込むときには昆布とかでだしを取るものだし、つけて食べるタレも欲しいな」 「わかった。じゃあ細かいところは任せたからスーパーにつくまでに考えておいて」 「なんだ、結局俺任せかよ」  早苗はAIアプリと会話しながらアパートを出る。  ドアが閉じると鍵をかける音がして、早苗のスニーカーのかすかな足音が遠ざかっていった。
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