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 ドラッグストアから自宅までの帰り道。走りたくなるのを必死で我慢して、ゆっくり歩いて自宅に帰った。  震える手で買ったばかりの妊娠検査薬を取り出す。記載された手順通りに検査を進めた。  結果が出るまでの時間が永遠のように感じる。  生理が2週間もこないなんて、さすがに、ね。  腕時計を睨みつける。  秒針はひとつづつ、確実に時を刻む。    ゆっくり、ゆっくり。  1分!   私は目を閉じて妊娠検査薬を両手で持った。  お願い。お願い。おねがいおねがいおねがいおねがい!  パッと目を開ける。  判定欄には、赤紫色の線。  呼吸を忘れていた体が、思い出したかのように息を吸い込んだ。 「え、うそ。ほんと? え、え」  目を瞬いた。赤紫色の線を見つめる。幻じゃ、ないよね? 本当に線、あるよね? 「やった!」  飛び跳ねて喜ぼうとして我慢した。  今、私のお腹の中には赤ちゃんがいるのだ。  ぺたんこのお腹を見下ろす。  今はまだ何も変わっていないように見えるそこは、今までとは違う。  とりあえず、病院。私はスマホを取り出して、近くの産婦人科を検索した。  病院に行った帰り。  私はエコー写真の入ったカバンを大切に抱えて家までの道のりを歩いた。  お腹の中にはちゃんと新しい命が宿っていて、心拍も確認できた。  お母さんに、なるんだ。  咲きはじめた桜が私たちを祝福しているかのようだ。  今年の開花は例年よりも少し早いってニュースで言ってたな。  まだまだつぼみの多い桜を見上げて、未来に想いを馳せた。  家に帰り、便箋を取り出して夫へのメッセージを書いた。  シンプルな便箋。本当はもっとおしゃれな便箋にしたかったけれど、わざわざ買いに行くよりは家でおとなしくしていようと思った。  仕事から帰った夫を迎え入れる。 「最近、体調悪いかもって言ってたけど大丈夫? 今日も仕事休んだんだろ。寝てないと」  私はふふっと笑った。 「座って座って」  夫の背中を押して、ソファに誘導する。  夫は律儀に手を洗って上着を脱ぎ、不審がりながらソファに座った。 「なんだよ」 「目、つむって」 「なんで?」 「いいからさ」  夫は渋々といった様子で目を閉じた。 「両手を揃えて、手のひらを上にして、前に出して」 「だからなんでだよ、何が出てくるの?」  ぶつぶつ言いながらも素直に差し出された夫の両手の上に、用意していた手紙とエコー写真をのせる。 「目、開けていいよ」  夫の両目が手の上に乗ったものを見つめる。  その目がゆっくりと開かれていく様子を、私はにこにこしながら見守った。 「まじ?」 「まじ」 「おれたちの、子ども?」 「その通りです」  夫は慎重にエコー写真をソファーの前のテーブルに置いた。 「うおっしゃー!!!」  奇声をあげて私の両手を握ってぶんぶんと振って喜びをあらわし、私のお腹を愛おしそうになでる。  かと思ったら、今度は号泣しだした。 「ありがとう、ありがとう、本当にありがとう」 「ちょっと落ち着いて、情緒不安定」 「だってさああ」  夫の涙はしばらく止まらなかった。 「おれはさ、どんなに辛そうでも赤ちゃんをお腹で育てるのだけは代わってあげられないからさ」 「うん」 「家事とか、全部するよ。だから安心して赤ちゃんを育てて」 「ありがとう、無理しない程度に分担しようね」  うんうんと夫は首を縦に振った。 「この子が生まれるのは、きっと秋だな。夏生まれのママと冬生まれのパパ、いい感じじゃん」 「そうだね。早く会いたいね」 「うん。早く会いたい」  2人でお腹をなでる。  赤ちゃん、元気に大きくなってね。  パパもママも、あなたに会えるのを待ってるから。  玄関の花瓶に生けられた百合が、祝福するように揺れた。 
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