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 講義が終わって、家に帰る。金曜日は午前にしか講義がないので、午後からはお休みだ。  何しようかな。お昼寝しようかな?  大学に入学して一人暮らしを始めたばかり。  自由だ。  鼻歌を歌いながら部屋に帰って何気なくスマホを見ると、母からのメッセージの通知が来ていた。  なんだろうと思ってメッセージを開くと、「この歌が私の(かえで)への気持ちです」というメッセージと、知らない曲の名前が1つ送られてきていた。  わたしへの思い?  ミュージックアプリで検索して聞いてみる。  それは、少し前にリリースされたラブソングのようだった。  『私のすべてはあなたのために   目も耳も声も両腕も   あなたの笑顔に幸せをもらって   あなたと言葉を贈り合って   ぎゅっと抱きしめるためにある』  聴いた途端鼻がツンと痛くなって、涙があふれた。  母からの愛の大きさに、あたたかさに、涙が止まらない。  泣きながらICカードと財布とスマホをカバンに放り込んで家を出る。  ハンカチで涙を拭って走りだした。  今はただ、お母さんに会いたい。  電車に乗り込み、イヤホンを耳にさして何度もその曲を聴く。  一人暮らしを始めてようやく、母の存在の大きさを知った。  行きたいと望んだ大学は実家から通うには遠くて。実家からは電車を乗り継いで3時間かかる大学に行くために、一人暮らしを勝ち取った。  最初はあまり経験のない家事も楽しくて、自立したということが嬉しかった。  それでも、1ヶ月が経った今となっては次第に家事にも疲れてきてしまった。  何よりも、家に帰って「ただいま」と言っても「おかえり」と言ってくれる人がいないことが、寂しい。  実家に着くまでの3時間の道のり。  一刻も早くお母さんに会いたいのに、距離は遠い。ひたすら曲を聴きながら外の景色を眺めていた。  最寄駅に着き、実家まで走る。大学の近くよりも田舎で家ばかりの慣れ親しんだ景色。  実家の玄関の扉を開ける。  生けてある百合の香りがして、ああ、帰ってきたんだなと思った。  音に気づいてキッチンから顔を出したお母さんの胸に飛び込んだ。 「あらあら、楓? 急に帰ってきてどうしたの? 早めの帰省?」  お母さんがくすくす笑いながら抱きしめ返してくれる。 「お母さん。大好き。いつもありがとう」  お母さんは目を見張り微笑んだ。 「私も、大好きよ」  せっかく帰ってきたのだからと、ソファーに座って話をした。何もかもが新しい生活。話すことはたくさんある。途中でお父さんも帰ってきて、3人でいろんなことを話した。  しばらくすると話のネタも尽きてきて、わたしは少し気になったことを聞いてみることにした。 「そういえば、お母さんって百合の花が好きなんだよね」 「ん?」 「一年中飾ってるじゃん」  お母さんは懐かしそうに目を細めた。 「お母さん、双子だったって話はしたでしょ」 「うん。亡くなったんだよね」 「凛々って名前だったんだけどね。百合の英語名のリリーにちなんでるの。だから、百合が好きなのよ」 「そうだったんだ」  納得して頷く。初めて知ったかも。 「なんかね」  お母さんは言葉を繋いだ。 「いつも、凛々が見守ってくれている気がするのよ」  お父さんがうんうんと頷く。 「おれもだ」 「あら? 凛々に会ったことあったっけ」  お母さんが不思議そうにした。 「いや、ないけど。なんか、たまに誰かに見られてる気がするんだよね。怖い感じじゃなくて、あったかいんだ」 「あら、それなら凛々かもね。私もいつも誰かに見守られているように感じるんだけど、たまにいなくなってる気がするのよ」  お母さんはくすくす笑った。 「私たちが再会できたのも、凛々のおかげかもね」 「きっとそうだよ」  2人は目を合わせてほほえみ合った。  週末の間、わたしは実家でのんびりと過ごした。わたし以外の人がいる家はあたたかくて、両親は幸せそうで。会いたくなって衝動的に帰ってきてよかった。  帰りの電車でまたあの曲を聴く。  この曲はわたしの宝物。
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