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私には、初恋の男の子がいる。
中学生になったばかりのある春の日に、出会ったのだ。
公園のバスケットゴールのネットを華麗に揺らす、柊斗くんに。
きれいな弧を描くバスケットボール。後ろのバックボードに当てることなくただただ真っ直ぐに飛んで、シュッと小さな音を立ててリングに吸い込まれた。
私は足を止めて、ぽかんと口を開けて眺めていた。
1回。2回。3回。
淡々とボールを拾っては投げ続ける男の子に、私は思わず話しかけた。
「す、すごいね! バスケ、上手いんだね!」
ビクリと肩を揺らして振り向いた男の子は、私の姿を認めるとボールを拾って近づいてきた。
近づいてくると、男の子は思ったよりも背が高かった。同級生で1番高い子よりも高い。
うわ、歳上の人にタメ口で話しかけちゃったかも。しかも、知らない人に。
「何年生?」
低い声で問いかけられて、今度は私が肩を揺らした。
「中1です」
「そ。おれは中2。バスケ、好きなの?」
やっぱり歳上だった。敬語、敬語。
「するのは苦手ですけど、試合をテレビで観るのは好きです」
「観るの、好きなの? 嬉しい」
男の子は目を輝かせた。
「てか、なんで敬語なわけ? 最初みたいにタメでいいよ」
「いいの?」
あっさり苦手な敬語をやめると、男の子はにこりと笑った。
公園のベンチに腰かけて話しているうちに、男の子の名前は柊斗ということ、隣の中学校に通っていることを知った。
そして、柊斗くんは冬生まれで、夏生まれの私とは歳が半年ほどしか離れていないことも。
夕陽がバスケットゴールを赤く染める。「そろそろ帰らなきゃね」と柊斗くんは立ち上がった。
「花蓮ちゃん、また会いに来てよ。おれは大体毎日ここにいるからさ」
元気よく返事をして、家まで走って帰った。
玄関の扉を開けると、「おかえり!」と凛々が二階から叫んだ。凛々は一卵性双生児の姉だ。「ただいま!」と叫び返して私たち2人の部屋に駆け込む。
「凛々! 聞いて聞いて!」
柊斗くんとの出会いを興奮気味に話す。
凛々はキラキラした瞳で聞いていた。
「花蓮、それって運命の出会いってやつじゃん」
話を聞き終わった凛々の第一声に、私は顔を赤らめた。
「ちょっと、やめてよ」
「いいからいいから。花蓮も彼氏欲しいって言ってたじゃん。また会うんでしょ」
その日は凛々に冷やかされ続けた。
夕食の席でも言い続けていたので、お母さんにも生暖かい目で見られてしまった。
週に2度くらいのペースで公園に通った。柊斗くんはいつもそこにいて、私が来ると練習の手を止めてベンチに座った。
学校であった出来事の話をすることもあったし、一つ上の学年の柊斗くんに勉強を教えてもらうこともあったし、時には柊斗くんに教わってボールを投げてみることもあった。
ボールがゴールに入った時には、2人でハイタッチをして喜んだ。
しばらくして、私は引っ越すことが決まった。
しかし、私はそのことを柊斗くんになかなか伝えられなかった。
柊斗くんと過ごす時間はとても楽しくて、その雰囲気を壊したくなくて。
うじうじと先延ばしにしながら迎えた、引っ越し前日。
公園に行くと、柊斗くんはいなかった。
いつもよりも時間が早いからだろうか。そう思って、凍える手をコートのポケットの中に突っ込んで薄暗くなるまで待っていたけれど、柊斗くんは来なかった。
翌日。
新しい家へ出発する直前に、引っ越し先の住所が書かれた便箋を持って公園に行き、大きな石を重しにしてベンチに置いた。
引っ越した先に柊斗くんからの手紙は届かなかった。
代わりに、白い封筒が一つ届いた。
封筒を開けると、あの柊斗くん宛の便箋と、手紙を拾ってくれた親切な誰かからの「住所が書かれていたので送りました」というメッセージが入っていた。
春休みに、かつて住んでいた土地まで電車を乗り継ぎ、あの公園に行ってみた。
柊斗くんはいなかった。
代わりに、通りかかった柊斗くんと同じ制服を着ていた男の子に話しかけた。
柊斗くんのことを聞くと、偶然にも彼は柊斗くんのことを知っていて、引っ越したのだと教えてもらった。
連絡先や新しい住所を聞くほど親しくはなかったんだ、ごめんねと謝られて、いえいえ、教えていただきありがとうございましたと感謝の言葉を返した。
ベンチに腰かけて空を見上げる。
会いたいよ、柊斗くん。
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