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腰までの長髪を維持するのは、貴方が喜ぶから。
毎朝、玉子を二つ割るのは、貴方の好物だから。
必ず部屋に風を通すのは、心地いい場所にしていたいから。
晴れた日にシーツを洗うのは、貴方がそうしてって言ってたから。
開いた歯ブラシを捨てないのは、貴方らしさに微笑みたいから。
嫌いな煙草に火をつけるのは、貴方の匂いに触れたいから。
貴方が好きだった曲をかけるのは、変な鼻唄が聞きたいから。
壊れそうな携帯を使うのは、二人の日々が詰まっているから。
鏡の前、笑顔の練習をするのは、忘れてしまいそうだから。
お盆に茄子ときゅうりを買うのは、貴方が恋しくて堪らないから。
一部屋だけ開けられないのは、貴方を過去にするのが怖いから。
毎晩、輪にした紐の前で悩むのは、貴方に会いたいから。
貴方は身勝手な人だった。
煙草の匂いが嫌いって言っても吸うし。大変なのに、シーツは太陽が出たら洗ってって言うし。連絡もなしに、すぐどっか行っちゃうし。
でも貴方は、毎日私に大好きって言って、抱き締めてくれた。愛情だけは素晴らしい人だったから、他のどんなことだって仕方がないと思えた。違う、どれもが貴方らしくて愛しかった。
私が病気になった時も、貴方は全力で私を励ましてくれた。治療に挫けた時も、諦めるなって本気で怒ってくれた。命を大切にしろって、捻りもない叱り方だったけど。でも、貴方がいたから、私は生きて家に帰れたんだよ。
けれど、やっぱり貴方は身勝手な人だった。連絡もなしに消えてしまった。
次は自分が、治らない病気になったからって。迷惑だけはかけたくないからって。自ら心臓を止めて、私を一人にした。
今日も私は、輪の紐を眺めて立つ。貴方の使った椅子に、足の裏を委ねて。首に引っかけてしまおうか迷ったけれど、今日も何とかやめた。貴方の言葉を思い出したからやめた。
言った方が守らなかったのに、馬鹿みたいだよね。
「ねぇ、見えてる? 私、今にも死んじゃいそうでしょ。だから前みたいに、命を大切にしろって叱ってよ……」
今日も明日も、貴方に会いたい。
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