繋いだ翼

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「桃香、僕たちが出会ってから、付き合ってから、結婚してから、今日に至るまで。一瞬でも、桃香のことを面倒だと言ったか? 嫌な顔をしたか? 桃香の自殺未遂を責めるつもりはない。車椅子での生活になったって僕は生涯傍にいる覚悟で、あの手術の日も待っていたんだ」  感情のコントロールができていない僕のことを、妻は怖がっているだろうか。怒りのままに、勢いに任せて言葉を投げている僕に怯えるだろうか。 「自殺したのだってあんな理由じゃないんだろう」  止まらない。 「本当のこと、言えよ」  震える瞳で逸らさずに、僕のことを見ていてくれる。その目に再び涙が溜まっていく。 「だって、私、役立たずだから。あなたのこと縛りつけるだけで、なんの力にもなれていない。夫婦って支え合うのが理想のはずなのに、私ばかりが助けられている。だったら、もう私なんかと離婚して、もっと他の人と幸せになってくれたらって思っちゃったの。役立たずなんか死んでしまえばいいって。だから最期に、尽くせる限りを尽くそうって……」 「僕のことをなんだと思っているんだ! 毎日、愛してるって伝えてきただろ。それも全部嘘だと思ってたのか。こんなことで愛想を尽かすと思っていたのか」 「違う、違うけど……」 「違わないだろ! 結局桃香は、自分が楽になりたいからそうしただけで、俺の気持ちを理解しようとなんてこれっぽっちもしなかった。自分の妻が自殺して本当に死んだとして遺された僕はどうなる。自殺した理由を知ることのないまま残りの人生何十年も生きていくんだぞ。これで、縛りがなくなった、自由だなんて言って新しい人生を歩めると、思うのか……」  叫んでいるうちに、身体の奥から言葉にしきれなかったものが涙となって溢れた。もっと他に言い方はあったはずなのに、選べなかった。もっと他に伝えることもあったはずなのに、できなかった。こんなにも激しく感情を揺さぶられるのは初めてで、自分でも訳がわからなかった。  ごめんなさいと何度も言いながら泣いている妻を見て、僕はやっと気持ちが少しだけ落ち着いた気がした。 「足りなかったんだよな。桃香がそんなことを考えてしまうぐらいには、僕もきっと愛情表現が足りてなかったんだ。これからは今までの何倍でも、鬱陶しいって思われて言い続ける。一度、幸せにするって決めたんだ。男に二言はないだろう」 「私、きっとこれからもたくさん迷惑をかけるよ。それでも、許してくれるの?」 「許さない。僕は一生許さないよ」
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