会えるクスリに騙されないで

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モニタに向かって女が嘆いてる。 「あぁ・・・あなたに会いたい。」 そこには若い男が映っていた。彼もまた悲しげな表情で答える。 「僕もあなたに会いたいです。旅行先でテロに間違えられて母国に帰れなくなるなんて、本当にひどい話です。」 「まだ時間はかかるの?」 「はい。一応の誤解は解けてこの国の中では自由に動けるようにはなったのですが、出国はまだ許可されなくて。でもこんな状況でもネットを通じてあなたと知り合えることができたのは不幸中の幸いです。ヒマつぶしのマッチングアプリだなんて思ってたのが情けない。こんな素敵な出会いがあるとは。」 「やだ、そんな大げさな・・。でもテレビ通話だけじゃなくって、早く実際に会ってみたいわ。」 「僕もです・・。ああ、そうそう。僕の送ったパンフレットは届いてますか?」 「届いてるわ。これが例の?」 「そう。それこそが、僕たちが会うために必要なクスリです。片割れは僕の方で入手しました。あとはもう片方をあなたに買っていただくだけです。」 そう言いながら男は画面越しに錠剤らしきものをかざして見せた。 女は映像に映るものをしげしげと眺めたあと、送られてきた数ページほどの冊子をパラパラとめくった。 眉をひそめ、いぶかしげな顔でつぶやく。 「こんなもので本当に会えるのかしら・・・?」 男は自信満々な笑顔で答えた。 「ええ、もちろんです!前にもお伝えしましたが、あらためて説明させてください。これは一言でいえば夢を共有するクスリです。ただの夢ではありません。夢と自覚しながら行動できる、いわゆる明晰夢を見ることができて、しかも同じ夢の中を相手とともに過ごすことができるものです。物理的に会えない僕らも、これなら実際に会うのと同じような体験ができるんです。」 「夢を見るってのはなんとなくわかるんだけど、クスリを飲めば共有できるってところはピンとこないわ。」 「ちゃんと科学的根拠があるんです。もっともこれは、危険な技術だから世間には非公開とすると学会で判断されたわけですが・・人類にとって有益な技術は使うべきだと信じる一部の学者たちが、信頼できる仲間を集めてこのクスリを開発したのです。ふふ、学者たちの熱意には頭が下がりますね。」 「危険なの?」 「いやいや!実際には危険なことありません。ただ、古い考えの方々には『夢を共有する』という発想自体がとても危険に見えるようでして。どこにでも老害というのはいるものですね・・。僕たちのように純粋に会いたいと願う者には安全です。この純粋な想いが理不尽に遮られてしまってるからこそ、先の学者たちも同情して僕らに売る許可を出してくれたわけですが。さて、このクスリは二組で1セットになっています。これには3つの効果があります。1つは明晰夢を強化する効果、2つ目は脳波を強化する効果、3つ目は脳波の波長を調整する効果です。」 「脳波?なんだか難しいわね。」 「順を追って理解すれば簡単ですよ!はじめに、明晰夢の強化。これがもう夢なんてものじゃなく、現実と同じ感覚で体験できるものです。夢の共有なんて言いましたが、ハッキリ言いましょう。夢なんかじゃありません。現実です。夢で会うなんて会えるうちに入らない?もしそんな考えをお持ちなら、今すぐきっぱり捨てましょう。会うのは現実です。現実と同じですから!」 「そんなに?うん、じゃあ夢だと思わないようにする。」 「結構です。次に脳波。まず前提として、人間の脳からは微弱な電波が出てるんです。これが脳波です。人間が考えてることって、電波になって外に流れてるんですよ。でも普段はとても微弱なので、他人に影響を与えることはありません。そしてこの脳波、ある想いを抱くときが一番強まるんです。なんだかわかりますか?」 「ええ・・・なんだろう。わかんないわ。」 「正解は、僕らが今まさに抱いてる『会いたい』と願う気持ちです。想いが通じるなんて言葉ありますが、あれは本当にあることでしてね。で、これの力を高めようってのがクスリの効果なのです。じゃあ脳波が・・・脳の電波が強まればすぐに他人に影響するかというと、そうではありません。周波数ってありますよね?周波数が違うから、いくら電波が強くても他人に考えが伝わることはありません。ですが逆に、周波数が同じなら、電波を共有する。つまり同じ周波数の脳波同士なら、考えを共有することができるようになるんです!」 「へぇー!あ、でも、脳波を強くするって、海を渡るくらい強くなるものなの?」 「良い質問ですねぇ!!まさにそこがポイントなんです!そのとおり、単に脳波を強くするだけでは国を超えるほどにはなりません。しかし、すでに我々が普段の生活で使ってる電波って、地球上を巡ってますよね。それがなぜできるのかわかりますか?」 「えっと、何かな。人工衛星・・とか?」 「はい正解!!人工衛星です!ここまでくればおわかりですね。つまり、人工衛星の発する電波と、脳波の電波の周波数が一致すれば、人工衛星を介して脳波を共有できてしまうのです!!!」 「わぁ!すごい!!!」 「でしょう!!?学会のツテで、とある人工衛星の周波数がこのクスリを使う者に解放されてるのです。もちろん周波数には幅があって、クスリを使ってる人だらけで混線することはありません。あくまで二組1セットの組み合わせ同士しか、同じ周波数にはならないようにコントロールされてます。」 「きゃー!なんかもう、すごいしか言えない!!」 「ええ、もう!すごいってことだけご理解いただければ!!!・・コホン、すいません興奮しすぎました。というわけで、科学的根拠は以上です。まさにこれは、会いたいと願う者のみに効果を発揮する『会えるクスリ』ですね。ただ、世間に公表できないゆえに購入許可を得るのも大変な苦労が伴うんですよ。僕が今いるこの国に販売会社があったのは本当に幸運でしたが、そもそも生産量も限られてて存在を知ってても入手困難なシロモノです。今回は運よく手に入りましたが、次また手に入る保証はありません。買えるのは今だけ、です。」 「ええー!!じゃあ、早く買わなきゃ!!」 女は上気して顔がほてるほど興奮しているのが画面越しにも伝わっている。 話を信じ切ってる姿を見て、男は密かにほくそ笑みつつ話を続けた。 「はい。ぜひ!しかし悲しいかな、僕がすぐにでも買って送ってあげたいのですが、何しろ僕は当局に口座が監視されている身でして。自分で使うものを購入する限りは何もお咎めは無いのですが、他人に何か買って送ろうとすると、テロ仲間を援助してるのではないかと疑われてしまうんです。だから、申し訳ないのですがこればかりはあなたに買っていただくしかないんです。」 「そんな事情なら仕方ないよね。」 「ご理解ありがとうございます。あと、クスリの輸入というのはやはりどの国も当局の監視が厳しく、サプリメントの体裁にはなってます。これなら問題なく輸入できます。成分表はご覧になりましたか?脳波の強化には体力を使いますから、本当にサプリとしての効果もありますよ。クスリの成分だけでなく、ビタミン、鉄分、カルシウムなどなど。体によい栄養素もたっぷり入ってます。」 「へー、なんか健康になっちゃいそうだね。」 「ははは。ぜひ健康にもなってください!それで、販売会社の方にはすでに僕から話をつけてますから、送り先は伝えてあります。パンフレットに記載の口座にあなた名義で指定の金額を振り込んでいただければ、すぐに発送される手筈です。もちろんこんなすごい効果のあるクスリなので、かなりのお値段にはなりますが・・・ご安心を。一時的な立て替えです。僕のテロ疑惑がとけて自由に送金できるようになれば、必ずその分のお金をお渡ししますから。」 「なんだか悪いな。」 「いえいえ!これは僕の、あなたに会いたい気持ちを形にしたものですから。一時的とはいえ大きなお金を負担させてしまうので、後からにはなりますが誠意だと思って受け取ってください。僕は心の底から・・今すぐにでも・・あなたに会いたいんです!!」 「私も、あなたに会いたくてたまらないわ・・・!」 「ありがとうございます!では、手続きは早いに越したことはありません。今すぐ口座にお振込みを・・!!」 「わかった!じゃあATMに行ってくるね!!」 女は財布を手に取り、バッグに詰め込んだ。 その様子を見て男がニヤリと笑う。 「では、お振込みが終わったらまたご連絡を。」 そう言ってテレビ通話を切ろうとした瞬間ーーー女の動きがピタリと止まった。パンフレットをバッグに一緒に詰め込もうとする途中のまま、難しい顔をしている。 男は隠れてチッと舌打ちすると、急き立てるように声をあげた。 「どうしました?時間がありませんので早くお振込みを。この瞬間にも売り切れてしまうかもしれません!僕は早くあなたに会いたいんです!!」 「ダメ。これじゃ会えない。」 「!?」 この期に及んで何を言っているのか。余計なこと考えずさっさと金を払いに行け。そんな言葉を飲み込み、男は冷静を装って声を絞り出した。 「何を疑っておられるんです?きちんと説明しますから、何か気になることがあれば」 「ほら、この成分。これじゃダメだよ。」 女は口元をぎゅっと引き締め、真剣な面持ちでパンフレットの一部を指さし、カメラに近づけた。 画面の向こうでは、男が口をぽかんと開けてモニタを凝視している。 そこには成分表のある文字が大きく映っていた。 『亜鉛(あえん)』 (おわり)
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