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長距離の散歩に足が慣れ,少し位の不調でも子どもたちの散歩は続けても良いかと思案していた。
土手の上にある道は,ジョギングや愛犬たちの散歩コースとして利用もされる反面,乗用車も利用する。そのせいもあってか,指定された時間しか通行できない。
遠くから聞こえる車のエンジン音に,芽生は土手の端に子どもたちを寄せ,立ち止まっていた。カートの中の子どもたちが騒ぎ出したので,視線が下へ向きあやしていた。
近くまで来た車に視線を戻すと,車前のナンバープレートと運転手が見えた。その車には何処かのお店の名前が書かれていたが,大して気に止めずにいた。
『…助けて…』
聞こえる筈のない声に,芽生は振り返った。芽生は,走り去る車体に違和感を感じ,走ってきた方向に目を向けた。
芽生は物心ついた頃から,他の人には見えない『 色 』が視える子で,その色がくすんでいたり黒ずんでいると,決まって身体の何処かに不調を起こしているのが分かった。
それはオーラカラーと呼ばれ,生体エネルギーの一種で,色を視る事が出来るらしく,そういう人はごく稀に居るのだそうだ。
身体の健康面や心理面でも,色が個人でも違ってくる。
幼い芽生はよく当てていたので,気味悪がられていた。亡くなった祖父の伊吹が,よく諭していた。誰も居ない時は良いけれど,知らない人には教えてはいけないと。
「う~ん?何だろう,あれ。悔しいのと,悲しい色,だね。あと・・願いの色,だ」
悔しさの色が,細くて長い絹糸にも似た糸が,視線の先にうっすらと光り,それは下の河原へと続く。先にあるのは,芽生の背丈ほどに伸びる草が生い茂り,その手前まで糸が伸びている。
普段の芽生なら,草薮の中に入り込んだりはしない。子どもたちが入ってしまったら,草薮に潜むダニや蚤に血を吸われてしまうから。
立ち止まったままの芽生。足元でワンと鳴く声の主をみて,芽生は跪き目線を合わせる。
「ゼン,あの草薮の中,標的・・探して」
ゼンは,災害救助犬として訓練を受けていた。探すのはお手のもので,探せないものは無いと自負していた。
老齢の訓練士さんの死去,ゼンの面倒を見られなくなった訓練士さんの家族が,ゼンを伴ってカフェに連れて,保護を頼み込んだ。
芽生はゼンの首輪に着けたリードを外し,ゼンに命令する。
「ゼン・・探せ!」
芽生から繰り出す命令に,ゼンの態度が変わった。のんびり屋さんのゼンは,再び救助の仕事で土手の下へ走り出す。
芽生も,アッシュたちを連れて下へ降り,ゼンの様子を窺い見る。草薮に覆われ過ぎて,蠢く何かがあるのは認知出来ても,色までは視えずに臍を噛む想いがした。
ゼンは,標的を探す事に夢中になり,糸の近くを中心に探していた。
唯々,時間が流れていき,焦りと緊張が芽生の手に伝わる。そんな時だった!
「アォーン!」
元気な子犬と思われるその声が,自分たちの居場所はここだと叫んでいる。次第にその声はひとつふたつと増え出して,あっという間に大合唱になってしまった。
その甲斐もあって,ゼンは標的の居場所を確認し,芽生の元へ戻る。再び芽生を連れて,標的の居場所向かう。
到着すると,草薮を踏み締めたスペースに数箱の段ボールが置かれ,その中から先程の声が響いていた。
段ボールには,意図的に穴が適所に抜かれ,封を開けると,そこに居たのは可愛らしい子犬たちがいた。
人気犬種が入っていたが,それぞれが子犬としては月齢が過ぎている子どもたちばかりだった。最後の段ボールに,先程の悔しさの色が纏わり付いていた。
開けると,その子どもたち2匹だけ,他の子たちと『毛色』が違うのに気付いた。他の子たち10匹は,人気犬種なのに間違いない。
なのに,この子たちは明らかに雑種。顔つきも姿も似ているから,兄妹なのだろう。
はしゃぐ2匹の声に,あの雄叫びの主は雑種の兄妹たちだと分かった。あまりにもじっとしてくれないものだから,雑種の男の子を抱きあげ身体を触る。
つい先程まで食事をしていたのか,子どもたちのお腹はち切れんばかりに膨れており,健康状態も良い。
耳の中の掃除や爪切りもされていて,大切に育てられていたのが手にとって分かった。
それなのに,子犬を草薮に遺棄するだなんて,有り得ない。こんなにも愛らしい子どもたちに,酷い事が当たり前に出来るものなの?芽生は,この子たちを前に怒りが込み上げてきた。
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