灰色の瞳に映ったものは

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『あの日』から4年。子どもだった頃の3人は,時を重ね関わる人も変わり,考えもそれぞれ変わるモノだ。芽生は,家族と幼馴染み以外誰とも関わる事を避けてきた。 こころと身体を崩し,治療の甲斐あって前向きに歩みを始めた矢先の,子犬の大量遺棄。4年前の『あの日』の想いに,やっと整理をつけたばかりなのに,気持ちが引き戻されてしまう。 編集の手を止め,振り向き様に最愛の相棒の腕の中で眠る,2匹の兄妹たち。相性が良かったのか,アッシュが兄妹たちの面倒を見てくれているお陰で,頼まれた手伝いも滞る事なく進める事が出来た。 彼が(・・)残した手紙には,もうひとつUSBメモリーが同封されていた。この中には彼等ペットショップの人間たちに不利な情報と画像が添付してあった。 手紙に書かれていた暗証番号と,キーワードだけがクイズ形式になっている。ヒントは,芽生にしか分からないモノだと書かれていた。 「で,何て書いてあるんだ?」 光弥の言葉に, 溜め息を含んだ声が漏れだした。 「ウクレレで,弾いた・・雨の唄,だよ」 ウクレレの言葉が, 芽生にはやけに引っ掛かる。 手紙の彼は,何故かウクレレに固執しているけれど,覚えている限りウクレレに触って演奏した事は,皆無の筈だ。 でも,芽生はウクレレを弾いている(・・・・・)のは間違いない。手紙にそれを裏付けるヒントが無いか?読み返してみる。 その1行に,埋もれていた記憶が蘇ってきたのだ。 『ワンダーと一緒にいた子犬が騒いだ・・』 光弥との通話を切ると,別の所へ電話をかけた。閉店間際だったカフェに居たのは,母親と別のスタッフだった。 「どうしたの芽生,こんな時間に」 母親の問いかけに,言葉が詰まる。 芽生はチャッピーたち兄妹を見つめながら, 「ママ・・昔,ワンダーとわたしが,着いていったイベント,その中でウクレレ・・弾いた事,あった?」 「えっ?何それ。ワンダーと芽生が来たイベント・・・ウクレレ・・・」 唸りながら母親は呟く。 「もしかして,あれかしら?芽生が10歳の頃,夢芽が熱でダウンして来れなくなったイベントに芽生を代打で連れてきて,その時ワンダーにやたら絡んできた子犬ちゃんが居たわね~」 滅多に体調を崩さない姉の代わりに行ったイベントは,後にも先にも1回きりだ。そして,隣に出展していたお店のオーナーさんが飾りで置いていたウクレレを借りて,芽生がその場で演奏したんだ。 興奮していた子犬を大人しくさせる為に弾いた曲がきっかけで,イベントに参加したお客さんの足を止めてしまい,販売用のグッズや譲渡目的で連れてきた子どもたちの里親がすんなりと決まった日だった。 「思い出した。確かに,ウクレレ・・弾いた。元気な,子だった。あの子も,譲渡した。あの子の飼い主は・・」 その言葉に反応したのは,母親だった。 「何て言ったかしら?楽器みたいな名前だって,言ってた気がするんだけど!」 楽器みたいな名前の飼い主,そしてウクレレの謎。芽生が弾いた雨の唄に,答えが潜んでいる。 再び電話を切ると,パソコンの検索エンジンに雨の唄を探す。探した曲は,昔の映画の挿入歌で,よく商業施設で雨が降るのを報せるために流れていた。 そう言えば,この曲はギターの練習用に繰り返し弾いていたのを思い出した。 昔の映画の音楽なのに,明る過ぎず暗過ぎない,それでいて心に馴染むこの曲が好きだった。 USBメモリーを差し込み,暗証番号とパスワードを入力した。開くまでの数秒が,永遠と思えるほど長かった。 パスワードが合っていた。芽生はホッと胸を撫で下ろすと,その中にあった動画を開いた。 手紙の彼とおぼしき人間が殴打され,子どもたちを廃棄して来いと命令されている動画だった。親指を噛み,苦痛に顔を歪ませる。 そしてもうひとつの動画には,角度を変えているのか?顔が見えづらい様にしてあり,芽生の名前を口ずさんだ。 「芽生さん,この動画を開いたのなら,事情は把握しているんだろうね。僕はこのペットショップで働いているひとりで,あの子たちを大切に育てたんだ。オーナーと他のスタッフが,育ち過ぎたあの子たちを捨ててこいって。僕ひとりの力じゃどうする事も出来なくて,僕は芽生さんに救いの手を差し延べてしまったんだ。未成年の君に。本当にごめんなさい」 謝罪の言葉と,救いの手を差し延べる彼を画像で見る。所々内出血の痕が窺え,子どもたちと触れあっているので噛み傷も見えた。 成人した大人が,未成年のわたしに何を望む?捕まえて欲しいのだろうか?それとも,救って欲しいのだろうか? 思考をフル回転させたせいか,芽生は画面を開いたまま意識を失って倒れた。
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