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意識を失ってから三日三晩,熱にうなされる日々が続いた。
相棒であるアッシュは,主人を心配するあまり片時も芽生の傍を離れず,ご飯さえも拒んでいる始末。
詩織は,食堂の2階に上がると,芽生に宛がった部屋に入る。傍で眠るアッシュを,トイレを兼ねた散歩をさせる為に,食堂に来る前に芽生から約束させられていた。
もし,寝込んで動けない場合には,散歩とトイレとご飯は無理にでもやって欲しいと。
詩織は,アッシュの首輪にリードを着けて散歩に促すも,動く気配を見せない。
どんなに語気を強めても,言う事を聞かない。どうしようかと悩んでいた時,芽生が詩織の声で目を覚まし,ゆっくりと這い上がった。
ふらつく身体を起こし,呼吸するのも堪えていた芽生は,身体の向きをアッシュへ動かし,
「アッシュ,お散歩・・行く,のよ」
真っ青な顔でも笑顔を向ける芽生を,アッシュは真っ直ぐ見つめる。近くに寄せて,ぎゅっと抱き締めた。
アッシュの温もりが,鼓動が,芽生に伝わってくる。抱き合ったその時間が,2人だけしか通じない儀式の様に見えた。
息を飲む詩織に,芽生はアッシュをそっと離す。残念そうな鳴き声をあげるアッシュは,詩織の方へと歩み寄り,部屋の外へ連れ出した。
「ご飯・・食べる,のよ」
聞いているのかそうじゃないのか?ワンとひと声吠える。困った子ねと囁き,再び布団に潜った。
解熱剤のお陰でいま時分,熱が収まっている。家を出て,おばあちゃんの食堂の2階に住まわせて貰っている。
これからどうすれば良いのか,何をしたら良いのか。
詩織が,雅の手伝いをしろと言っていたのを思い出した。体調がイマイチなのは,詩織も重々承知の筈だ。学校を辞めて,治療に専念するのを念頭に,今ここにいる。
身体が良くなったら,リハビリがてら母親のカフェの子供たちを連れて散歩に繰り出したり,ご飯を作ろうかな。
子供たち用に,お菓子も作るのも良いなぁ。お散歩したら,地域猫ちゃんの健康も診てあげたいし,餌やりボランティアさんとの情報交換も・・・
でも自分自身の事はいつもおざなりになっているのは確かで,ワンちゃんやにゃんこちゃんを中心に回っていた。
別に,苦でも何でもなかったから気にはしなかったが,同世代の流行りとかの類いの話には,ついていけなかった。
思考は,空回りを繰り返す。考えても考えても,納得した結果は浮かんでこない。
考えた所で,エネルギーが無駄に消耗してしまうのだ。これから先の事はともかく,『ア レ』の事も,今は記憶の片隅に追いやって,忘れ去ってしまいたい。
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