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やがて,リリィ先生付きの看護師さんが,書類を書いた紙を手渡すと,一緒に小さなメモ紙を手渡してきた。
目を通すと,その看護師さんに向かって伝言を頼んだのだった。
支払いを済ませ,炎症を抑える喉の薬に解熱鎮痛剤を院内薬局で貰い受け,病院を後にする2人。
駐車場へ向かう際,さっきのやり取りが気になって,思わず質問をする。
「さっき,看護師さんから渡された紙に,何が書いてありました?」
不思議がる幸誠に,
ただニコニコしている芽生。
「幸誠先生。リリィ先生ね,次に逢ったら,温かいご飯・・食べたい,って」
ずっこける幸誠の脇で,
ケタケタと笑いを立てている。
あんな怠そうな感じに映るリリィ先生は,受け持ちの患者が意外にも多く,面談に時間を費やすので,温かなご飯が食べられずにいるのを,さりげなく説明する。
食堂に戻ると,怒りを露にした詩織が仁王立ちして待ち構えていた。
2人はと言うよりも,主に幸誠が詩織にコッテリと脂を搾られ,芽生には軽めのお小言で収まってくれた。
雅には特に怒られはしなかったが,渋い顔をしたまま,『出掛ける時は声をかける様に』とだけ言われて済んだ。
雅や詩織には,申し訳ない気持ちになった。口調に違和感を感じ,心配した幸誠が病院へ連れ出した事を,2人に事情を説明した。
「おばあちゃんも,しーちゃんも,芽生平気。ずっと・・寝ていたから,言葉が・・出づらく,なっちゃった。心配かけて,ごめんね」
2人は顔を見合わせた後,雅が重くなっていた口を開いた。
「幸誠くん。芽生の事になると,どういう訳か心配性が顔を出すね。この子は,お前さんにとっては今でも可愛い教え子に違いないけど,私の孫でもありこの食堂のスタッフになって貰う予定なの。あんまり甘やかすと,この子の為にはならないから」
雅の説教に,幸誠は身が縮こまる思いがした。芽生は芽生で,体調が現在小康状態を保ってはいるけれど,明日になればいつまた悪化して寝込むのか,分からないでいる。
毎日がまるでジェットコースターの如く,こころが上下乱舞している。身体もまた,こころに引っ張られて必要以上に反応してしまうのだ。
「身体の方が良くなったら,食堂の手伝いをして貰おうと思っていたんだよ。ただし,芽生の調子が良くないと思った時点で休ませるからね。欲をかけば,子ども食堂をメインに働いて欲しいのが本音だよ」
ん?子ども食堂?
食堂を開いてから1度も,子ども食堂の名を聞いた事がない。ましてや,子ども食堂の手伝いにわたしを指名するだなんて。
首を傾げている芽生を余所に,隣に居る幸誠が言うのには,商店街から離れた場所には小・中学校があり,
母子・父子家庭の子どもや,低所得者の家庭の子どもが満足な食事が出来ず,生活に貧窮している実態を知った雅が,数年前から始めたのだ。
問題も山積みだ!小・中学校の通学ルートにある食堂で子ども食堂を開くのは,雅が考えて行っているけれど,資金の確保や食材の調達,何よりも食事の献立にも気を使わないといけない。
子ども食堂で預かっている子ども達は,幸いな事にアレルギー体質の子が居なかったので,念には念をで,食物アレルギーの本を探してお浚いするのも,アリだろう。
『子どもは国の宝だ。お腹を空かせたままでいたら,その子は不幸になってしまう。満遍なく食べて,こころに幸せを灯したい』
雅は,亡き夫の想いを実現させたこの食堂で,子ども達のための食堂を,夕方17時からと決めていた。
朝から晩まで働くみんなを手伝いたい。疲れ知らずだと思っていた雅も,それなりな年齢を重ねている。
ふとした仕草で疲れの片鱗が見てとれる様になり,学校を辞めて寝込んでいた芽生を預かってくれた。
恩返しもままならず,ただの居候なのも,癪に障る。でも,わたしに務まるのだろうか?怠さとやる気の無さに,疲れと怖れ。
一緒くたに交ざり合い,言葉にならぬ恐怖が芽生の全てを覆い出す。
考えに考えた思考が,時間を止める。ぐるぐると堂々巡りになりだしたその時・・・
『芽生は芽生の心のままに過ごしなさい・・・』
何処か懐かしい声が,
風にのって聞こえてきた。
その声を聞いてか,芽生は自身のこころに問う。間を置いて出た答えは,自然と口について出ていた。
「うん・・やってみる。やれるところまで,やる。出来なかったら,みんなと・・考える」
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